「セシーズイシイ」武蔵新城を中心に展開する賃貸住宅

―街づくりに覚悟と責任を。街に参加するきっかけをつくる大家
石井秀和さん PASAR SHINJO (パサール新城)にて

photo: Miki Chishaki

今回の取材先はJR南武線沿線の武蔵新城の不動産会社の3代目の石井さん。かつてこの地域は大手電機メーカーなどの社員寮が立ち並び、その生活を支えるために商店街が栄えていました。今ではその社員寮はすっかり家族向けのファミリーマンションに建て替えられましたが、かつての賑わいを残したままの商店街があったり、都心へのアクセスがよかったりと川崎市の中でも人口は右肩上がりのエリアとなっています。

石井さんは、この武蔵新城を中心に単身向け賃貸住宅を「セシーズイシイ」というブランドで22棟350戸運営する大家さんです。確かに都心へのアクセスが高い場所で人気はあるのですが、ただのベッドタウンになって、この場所での営みがなくなることを危惧していました。商店街で買い物をしたり、日常の住人同士の交流がどうしたら生まれるのか、また昔から住んでいる人との交流がどう生まれ、賑わいのある街としてどう変容させていくのか、そのための取り組みを行ってきました。

石井さんの家系は、先祖代々400年の間、この地で農業を営んできました。曽祖父の代からは大家業をはじめ、いわゆる土着系大家の長男として育てられます。そんな石井さんですから、「いつかは大家という家業を継ぐことになる」と幼少期のころから感じていたそうです。そのため、家業を継ぐその時までは、武蔵新城や不動産から出来るだけ離れたいと、許される限り地元から離れた大学に進学し、卒業後は都内のIT企業に勤めます。石井さんなりの家系という窮屈さへの反発でした。

しかし、転機はすぐにやってきます。家庭の事情もあり社会人2年目の2000年に石井さんは実家に戻ります。そして、2013年には先代である父親の死去にともない代表に就任しました。

賃貸マンションのコミュニティと向き合う

「店子(たなご)とは関係をなるべく持つな」、父親が在職中、何度も繰り返したこの言葉。石井さんにとって、これは大きな違和感でした。「大家と居住者、そして居住者同士の交流は、いざという時のために必要なのではないか」と、何となく感じていたと言います。その感覚を頼りに、2007年に居住者向けの親睦会を開始します。しかし、思うように人は集まりません。単身世帯が中心の「セシーズイシイ」の居住者からは、「もしもの時を考えるとつながりが無いことは不安。でも、家を知られるのはもっと不安」と言われてしまいます。

時は流れ、2011年3月11日の東日本大震災によって、世間でもコミュニティの重要性が言われるようになります。石井さんの物件は居住者の80%が単身世帯であることや、商圏としている武蔵新城の駅周辺の60%が単身世帯であることを考えても、やはりいざという時のつながりづくりは急務であるように、改めて石井さんは強く感じます。ただ、入居者親睦会の失敗から、この時は何をどうしていいのか分からずにいました。

学びの場に飛び込み、知識をつける、仲間をつくる。

そんな石井さんに大きな転機が訪れます。それは2014年に熱海で開催された「リノベーションスクール」への参加でした。リノベーションスクールとは、街に実在する建物を対象物件として、週末を中心とした2泊3日ないしは3泊4日の短期集中型でリノベーションプランを企画し、オーナーに提案するというもの。建築・不動産・デザイン・フードの第一線で活躍する人たちをユニットマスターとして迎え、学校のように学びながら、実践もできると大人気です。

自分より年下の若者たちと、街の魅力を見つけ、リノベーションのプランや収支をつくり、街に住む人たちを巻き込みながら物件を街に開いていく経験は、石井さんに街づくりの基本をたくさん教えてくれました。そして、この機会を通して自分と同じように悩む同年代の大家仲間や、街で生業をしたいと希望をもった若者たちと出会います。この出会いが、石井さんのその後を大きく後押しします。

街のコミュニティに居住者を巻き込む

前回は「セシーズイシイ」という自社物件に閉じたコミュニティをつくろうとしました。しかし、ゼロからコミュニティをつくることの難しさや、居住者同士の距離が近すぎるという点から失敗してしまいます。それならば既存の街のコミュニティをマンションに巻き込んでしまった方が、誰もが溶け込みやすいし、物件や街の価値も上がるのではと、石井さんは考えます。

そこで最初に取り組んだのが、大規模修繕のタイミングを迎えていた自社物件セシーズイシイ7に、まちの共用スペースPASAR SHINJO(パサール新城)を作ることでした。「PASAR BASE(パサールベース)」とカフェ「新城テラス」、パン教室「BAKERY STUDIO」で構成されたそのスペースは、元々一階部分の駐車場や事務所、倉庫だった部分を思い切ってマンションの居住者や地域の人たちがやりたいことをできる多目的レンタルスペースへとリノベーションしたものです。

この場所は近所のお母さんたちを中心に口コミで広がり、地域のお母さんたちのサークル活動の拠点やイベントが開かれる場所として利用されるようになりました。また2016年からは「新城 暮らしのパサール」という名前で定期的にマルシェが開催されるようになり、現在では「マルシェ ドゥ ボヌール」という名前に変えて累計14回も開催されています。どれも石井さんが直接手を動かすわけではなく、石井さんが提供した場所で、お母さんたちがいきいきとそれぞれ取り組んでいる活動です。

こういった活動の成果なのか、一連の取り組みが始まってからセシーズイシイ7の家賃の下落は止まり、空室率も改善していると石井さんは言います。

多目的スペースのPASAR BASE(パサールベース)で、この日はハーバリウム教室が開催されていました。

次に目を付けたのが武蔵新城の魅力である商店街でした。自治会や町会と言った境界線がはっきりしたコミュニティではなく、もう少しゆるいコミュニティに居住者を巻き込んでいったのです。

「街を巻き込む活動を何かできないか?」、当初からそう考えていた石井さんは、武蔵新城の街の人を巻き込んで、武蔵新城の今後を考える戦略会議を開催します。そこであるメンバーから街の情報をFacebookで発信するアイディアがでます。早速作られたそのFacebookグループは「ふらっと武蔵新城」と名付けられ、武蔵新城の商店街の食べ歩き等の記事がアップされていきました。当初は石井さんと商店街の若手で運営されていたこのグループですが、食べ歩き記事がヒットし、商店街の年長者たちも石井さんたちの活動に興味を持ち始めます。

そこで、商店街の若手、年長者関係なく一緒に武蔵新城のためにチャレンジしようと、隣駅の溝の口で実施されていた1000Beroというイベントを、武蔵新城の商店街に持ち込みます。これは1000円のメニューを各商店が提供して、お客さんが街歩きをしながら武蔵新城を楽しむイベントです。1000円でお酒とおつまみを提供する店もあれば、絵画教室やヨガを提供する店もあり、飲食だけではなく幅広く街を楽しめると大人気です。最初は38店の参加でしたが、6回目の今では300店ほどあるといわれる飲食店のうち69店舗が参加する一大イベントとなっています。近隣エリアからの来場も増え、1万人もの人が1000Beroの期間中、武蔵新城を訪れます。「セシーズイシイ」の居住者も、友人を誘ってこのイベントに参加しているようだと石井さんは嬉しそうに話します。

黒板には街の情報がここを訪れる人の手によって書き足されていきます。

この動きはリアルにとどまらずオンラインでのコミュニティづくりにも影響を及ぼしました。前述したFacebookグループ「ふらっと武蔵新城」は、武蔵新城エリアの住民や商店街の人がさらに参加し、4120人までメンバーが増加。武蔵新城に関する情報を日常的に交換しあうようになりました。これも1000Beroで商店街の人たちや来場者が顔見知りになったことでグループが活発化したといいます。

当初は居住者に閉じたコミュニティを作ろうとしましたが、既存にあるコミュニティに居住者や地域の人を巻き込むという作戦は、大成功のようです。今では石井さんの物件に、「武蔵新城で暮らしてみたい」と若者がやってくるようになりました。

そしてこれまで以上に地元の不動産や、商店街の若手リーダーなどが石井さんと志をあわせて一丸となって、こうしたコミュニティ活動を率先しています。

石井さんは、この一連の経験から「街づくりやコミュニティづくりは、人任せではなく自分でやることが重要」ということを学んだといいます。「街のためを考えた時に、自分が関わる建物やイベントが、この街でどういう人に、どういう価値を持つのかを考えることをリノベーションスクールで学びました。PASAR BASE(パサールベース)や1000Beroを自分でやったことで、街づくりに対しての覚悟と責任を持てたと思います。だからこれからは、自分で街づくりをするのはもちろんのこと、覚悟をもった人と一緒に新たなことを武蔵新城で仕掛けていきたいですね」と語ります。

賃貸マンションの事務所部分をリノベーションしてつくったcafé「新城テラス」。

大家が街をつくる時代。

石井さんと従来の大家との違いは、自分の物件の価値にとどまらず、街の価値に目を向けて行動した点です。石井さんの場合、リノベーションスクールという場がきっかけとなって、自分の街で住民を巻き込んで街づくりを実施しました。石井さんがいる武蔵新城は、石井さんや同じ思いを持っている人たちによって、この先も豊かな暮らしができる街として存続していくでしょう。

街は様々な人の関わりで成立しています。「街はだれがつくるのか?街の価値はどうしたら上がるのか?」。そんな疑問が今回の取材のきっかけとなりました。

日本のどの街も同じような課題を抱えています。魅力ある街をどう作って行くのか、それには意識あるリーダーの存在はかかせないのだと思います。今回の取材を通じて、その街を熟知し、街に対して覚悟をもつ大家の存在は、とても頼もしいリーダーとなるのだと感じました。

みなさんのご意見お寄せください。

石井秀和(いしい ひでかず)
株式会社南荘(みなみそう)石井事務所 代表取締役。
武蔵新城を中心に展開するセシーズイシイ賃貸マンションシリーズを管理、運営。
賃貸マンション共用部を改装し「PASAR SHINJO」を開設。
それをきっかけにJR南武線 武蔵新城駅を中心としたエリアに「この街に住みたい、住んで良かった。」というひとを増やす為の仕組み作り、情報発信やイベント企画など様々な活動を行っている。
セシーズイシイ|南荘石井事務所HP