オンデザインパートナーズ

―建築がまちに対してできること
西田司さん

野毛山動物園の裏を歩いていくと、住宅街のなかで周りに不思議と溶け込んだヨコハマアパートメントが見えてくる。
出典:オンデザインパートナーズHP

住まう人だけでなく、近所にも開かれたラウンジ広場を有するシェアハウス「ヨコハマアパートメント」を設計し、大きな注目を集めた建築家の西田司さん(株式会社オンデザインパートナーズ代表)。近年は、シェアオフィスを中心とした複合施設、まちのような国際大学寮、市民に開かれたスタジアムなど、活躍の幅をさらに広げています。西田さんが手掛けてきたさまざまなプロジェクトを辿りながら、建築がまちに対してできることについてお話を伺いました。

人と人、人とコトをつなぐシェアハウス

1階を近所にも開き、天井高5mの半外部ラウンジ”広場”にしたヨコハマアパートメント。
出典:オンデザインパートナーズHP

2009年、横浜市西区に誕生したヨコハマアパートメントは、4世帯が暮らすシェアハウスです。居住スペースがあるのは2階。4つの個室にはそれぞれの専用階段があり、それを降りると、共用空間である1階のラウンジ広場に出るというユニークな構成になっています。

このアパートを設計するうえで西田さんは、若手建築家の中川エリカさんとタッグを組み、「専有空間よりも共有空間を多くつくること」を目指しました。仮に、アパートの延べ床面積150㎡を4世帯で等分すると、1世帯あたりの専有面積は37.5㎡になります。しかし、ラウンジ広場を70㎡と広くすることで、20㎡の個室と合わせれば、各居住者が使える空間は90㎡にも広がります。これを西田さんは、住まう人に提供できる新しい価値ではないかと考えたのです。

このラウンジ広場が面白いのは、扉のない半屋外の構造になっていることです。天井高5メートルの開放感にあふれた空間は、アパートの住人はもちろん、ご近所さんが集まる場にもなっています。流しそうめんや書き初めを楽しんだり、ギャラリーになったり、ママ会やワールドカップ観戦をしたり、さまざまな人が利用する共用空間として親しまれています。冬場は、大開口のビニールカーテンを閉め、床暖房を入れれば快適に過ごせます。

「空間をこんな風に使ってもらえたらいいなという、僕たちつくり手のアイデアよりも、使い手の知恵の方が圧倒的。小さな空間の中で起こるドラマが面白い」と西田さんは話します。

ラウンジ広場のどこから外を見ても、そこには“近所”があり、外からも中が見えるという、外との境界が希薄なところも、この空間の特徴です。まちに溶け込むように近所に開かれた広場は、人と人、人とコトをつなぐ特別な空間になっています。

なお、ヨコハマアパートメントは、2016年5月、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出展されました。「en(縁)」をテーマに、西田さんを含む12組の建築家が出展参加した日本館の展示作品は高く評価され、金獅子賞に次ぐ審査員特別賞を受賞しました。

多様な人が混じり合う創造的複合拠点「unico」

築53年の元工場を改修した「unico」。かつて生産の町であった工場街に、fab工房をベースとする生産と消費を内包した創造複合拠点です。
出典:オンデザインパートナーズHP

2017年8月、川崎市日進町にオープンした「unico」は、食品向けパッケージ製造会社の倉庫兼工場をリノベーションして生まれた複合施設です。5階建てのメイン棟の1階には、デジタル木工機器Shopbotなどの工作機械を備えたファブラボ(市民工房)、クラフトビール工房、カフェがあり、2階にはレストランと整骨院、3、4階がシェアオフィスになっています。

驚くことに、5階に入居しているのは、「ディアナ」という地域密着型の女子プロレス団体。プロレス用リングが常設してあり、平日は選手のトレーニング施設として使用されています。毎月2回開催されるプロレスイベントは、シェアオフィスの入居者にも人気で、ファンも多いのだそうです。隣接する棟には、コインランドリーやシェアハウスのほか、バスケットコートも設置されていて、多様なアクティビティを楽しむ人で賑わいを見せています。

従来、商業エリアは商業、スポーツエリアはスポーツ、住居は住居と、用途によって区画されるのが当たり前とされてきました。しかし、この複合施設は、決して混じり合うことがなかった人たちが、混じり合うことを可能にしています。シェアオフィスやシェアハウスに入居する人たち、この施設を訪れる人たちは、そこに価値を感じて集まってくるのです。

シェアオフィスのフロアには、共有ミーティングルームと計20の個室がありますが、大変人気で、現在は満室とのことです。ここで使われている棚や机などの家具は、入居者たちが1階のファブラボでつくったものです。シェアオフィスに限らず、カフェやレストランなど施設内に設置する家具も、地産地消を目指して、ファブラボでつくられています。

共に暮らしながら、新しい交流を実現する「新国際学生寮」

神奈川大学の「まちのような国際学生寮」。ここで暮らす学生たちのなかで、日常的に小さな出会いが生まれるような仕掛けがつくられている。
出典:オンデザインパートナーズHP

今年7月22日、神奈川大学・横浜キャンパスの近隣地に竣工したばかりの「神奈川大学新国際学生寮」。テーマは、外国人留学生と日本人学生の共同生活を通じた新しい交流空間の実現です。

西田さんはこのプロジェクトを進めるにあたって、都内のシェアハウスに暮らすさまざまな外国人にヒアリングを行いました。そこで分かったのは、彼らが「日常の中の小さな出会いや発見」に喜びを感じていることでした。例えば、共用空間で出会った日本人に、箸の使い方を教えてもらったり、畳に座ってお茶を飲むと心が落ち着くことを実感したり、その逆に、相手が興味を持った自国の文化をシェアするなど、ちょっとしたきっかけから、さまざまな交流が生まれていることを目の当たりにしました。

新国際学生寮に入居するのは、210人の学生たちです。全員が一堂に会する講堂のような大空間では、なかなか交流は生まれづらいものですが、少人数が集まる空間なら、交流はおのずと起こりやすくなります。「学生寮の中に小さな“中心”がたくさんある多中心の空間構成にすれば、多様な文化価値に日常的に出会える“持続的な交流”を生み出すことができるのではないか」と西田さんは考えました。

持続的な交流が生まれる“ポット”という共用空間

学生たちの出会いの場となるポット。計28個あるポットは、ワークショップを通じて学生たちの自由な発想を詰め込んだ。出典:ユニヴプレス

西田さんは、4階建ての建物の中心にある吹き抜けを活用して、28の小さなシェアスペースが点在する立体的な共用部空間をつくり上げました。このシェアスペースは、独自の“ポット”という名で呼ばれています。「キッチンポット」、「畳の間ポット」、「茶の間ポット」など、小さいながらも国際交流を促す工夫が散りばめられたユニークな空間になっています。

中間階を活用したそれらの場と場は有機的につながっています。違うポットにいても、程よい距離感からお互いの様子が見えますし、ポットを行ったり来たりしながら使うことができます。「明るい光が射し込むスペースで、ハンモックで寝たい」という留学生から挙がったアイデアも、実際に採用されたのだそうです。

西田さんは、このプロジェクトに取り組む時、“脱・施設”を意識したといいます。「いわゆる施設とされる建物は、どこか人を寄せ付けていない印象があった」からだそうです。

「施設とは、公共空間=パブリック。でも、実はそのパブリックは、すごく小さなプライベート(個)が集まったものだと考え直すと、施設の機械的、人工的な感じをより人間的なものに変えていけるのではないかと考えた。210人の学生たちは、国籍も趣味もさまざまに違う。個人個人が、この学生寮にある共用スペースを自分の使いやすい環境に育ててくれたら、これほど嬉しいことはない」と話します。

3棟の建物から成る新国際学生寮の1階は、ひと続きのオープンな共用空間になっています。シェアキッチン、ダイニングをはじめ、ライブラリー、ものづくりゾーン、音楽・映像ゾーンなどがあり、入居者以外の学生も利用できるのだそうです。2020年、“まちのような学生寮”は、多様な学生たちの出会いと交流の場として開設される予定です。

佳境を迎えた「コミュニティ・ボールパーク・プロジェクト」

2017年にスタートした「コミュニティ・ボールパーク・プロジェクト」。野球をきっかけに、コミュニティのきっかけを育む施設として、2020年に横浜スタジアムが生まれ変わる。
出典:横浜DeNAベイスターズHP

近年、西田さんが力を入れて取り組んできたのが、横浜スタジアムの「コミュニティ・ボールパーク・プロジェクト」。ボールパークとは、球場をスタジアムとしてだけでなく、さまざまな“お楽しみ”を誰もが体験できる場として、エンターテインメントを繰り広げるアプローチのことです。ボールパークの盛んなアメリカには、野球ファンだけでなく、家族や友人と気軽に集まり楽しめる場として親しまれているスタジアムが多くあります。例えば、センター後方にある公園とスタジアムが一体化したペトコ・パーク。散歩がてらに無料で観戦できるほか、子どもがバッティングできるフィールドなども備わっています。

西田さんはアメリカ視察で得た知見を活かすべく、横浜スタジアムと、スタジアムに隣接する横浜公園で実験的な取り組みを行ってきました。ナイターのある日の早朝、外野グラウンドでキャッチボールを楽しんだり、絶好のフォトスポットで記念撮影できるイベントや、グラウンド上に張ったテントで1泊するハマスタキャンプ、横浜DeNAベイスターズのチームカラーの青いパラソルで横浜公園を埋め尽くした1日限定カフェなど、市民が楽しめるさまざまな仕掛けを提供してきました。

こうした取り組みを進める中、2017年から増築・改修工事が行われてきました。2020年には、まちと市民に開かれたボールパークに生まれ変わった横浜スタジアムがついにお目見えします。

スポーツがテーマの複合施設『THE BAYS』

2階にあるシェアオフィスは、企業やクリエイター、エンジニア、行政、大学など、様々な人・組織・情報が集まり、交流・コラボレーションすることで、次のスポーツ産業を共創していく拠点となることを目指している
出典:snow peakHP

2017年3月18日には、横浜スタジアム脇にスポーツをテーマにした複合施設「THE BAYS(ザ・ベイス)」がオープンしました。横浜市指定有形文化財として指定された旧関東財務局横浜財務事務所(旧ZAIM)の公募型プロポーザルで、横浜DeNAベイスターズが活用事業者に選定されたことがきっかけでした。

THE BAYSの1階にあるのは、二軍寮でつくられるカレーなど他にはないメニューが味わえる飲食店「Boulevard cafe &9」、ライフスタイルショップ「+B(プラス・ビー)」。2階には、“スポーツ×クリエイティブ”をコンセプトとするシェアオフィス&コワーキングスペース「CREATIVE SPORTS LAB」を開設。オンデザインパートナーズをはじめ、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科、超人スポーツ協会、横浜ゆるスポーツ協会などが入居しています。次のスポーツ産業を共創する拠点になることを目指して、入居者間では、コラボレーションプロジェクトが始動しています。

なお、地下1階は、「ACTIVE STYLE CLUB」というヨガ&フィットネススタジオ、3階は多目的スタジオ・ミーティングスペース、4階が横浜DeNAベイスターズのオフィスとなっています。

建築もまちも、実験的につくる時代

建築やまちづくりに携わる時、西田さんが一番大切にしているのは、「何かを一緒に育てる感覚をシェアする」ことです。それぞれが好きな料理を持ち寄って、シェアし合うギャザリングパーティのように、プロジェクトに参加する人たちが、価値を持ち寄ると、シェアするだけでなく、影響し合うということが同時に起きてきます。そして、互いの学びにつながるという好循環が生まれます。

「建築もまちも、実験的につくる時代」と西田さんは話します。「今面白いのは、こうすればうまくいくというモデルがあまりないこと。まずは実験してみる。そして、その経験から新しいことを生み出していくという感覚が、建築にもまちにもある。経験や知恵が集まってくると、建築が変わり、まちが変わっていく。生み出していくプロセスも、変わっていくプロセスも、本当に楽しい」と続けました。

人々の求める豊かさが、所有する価値から共有する価値へと変わった今、建築も、まちづくりも、関わる人たちが知見やアイデアを共有し、みんなで力を合わせてつくり上げていくからこそ、人が集い、新たなコミュニティが育っていくのかもしれません。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。

西田 司(にしだ おさむ)
建築家/株式会社オンデザインパートナーズ代表
1976年神奈川県生まれ。1999年横浜国立大学卒業。同年、スピードスタジオ設立。2002年東京都立大学大学院助手(〜2007年)。2004年オンデザインパートナーズ設立。首都大学東京研究員、横浜国立大学大学院Y-GSA助手、東北大学非常勤講師、The University of British Columbia (UBC)非常勤講師、東京大学非常勤講師を経て、現在、東京理科大学、日本大学大学院、京都造形芸術大学非常勤講師。大阪工業大学客員教授。オンデザインパートナーズ代表。石巻2.0理事。
主な作品に「ヨコハマアパートメント」(2009年)、「江ノ島ヨットハウス」(2013年)、「隠岐国学習センター」(2015年)、「コーポラティブガーデン」(2015年)がある。著作に「建築を、ひらく」(学芸出版、2014年)、「オンデザインの実験」(TOTO出版、2018年)、「PUBLIC PRODUCE『公共的空間』をつくる7つの事例」(ユウブックス、2018年、共著)などがある。日事連建築賞小規模建築部門優秀賞(2011年)、JIA新人賞(2012年)、グッドデザイン復興デザイン賞(ishinomaki2.0、2012年)、東京建築士会住宅建築賞(2013年)、神奈川建築コンクール優秀賞(2014年)他多数を受賞。
(株)オンデザインパートナーズ | http://www.ondesign.co.jp/

photo:創造都市横浜HP