小豆島で始めた、自然と向き合う暮らし

副業と地域活性 取材記事 Vol.2

時間に追われつつ日々の生活を送っていても、人にはそれぞれの理想の暮らしがあるはずです。「小豆島で100年後の未来を考える」(5月28日掲載)で取材をさせて頂いた柿迫 航さんは、「自然と共に、自分たちの生活を大切にできるような暮らし」を求めて、香川県の小豆島に移住しました。移住を機に、本業とは別で、柿迫さんの専門であるデザインを通して、地域企業のお困りごとを解決する仕事を始めました。それはお金のためではなく、「地域の未来に対してデザインでどこまで貢献できるか」という挑戦でもあると言います。
取材では、柿迫さんが地域に根付いていくなかで、日々の習慣が変化し、仕事中心の生活から暮らしを中心とした生活へと変わったことや、「死生観」といった考え方にまで変化が起きたこともうかがいました。

昔から、その土地の人を「土の人」、旅人を「風の人」という呼び方があります。「風の人」は新しい兆しを運んできてくれます。最近では、モノに縛られない今の時代のことを、「風の時代」と言うようになりました。まさに柿迫さんは、風の時代の風の人ではないかと思います。
日々の暮らしの中で「何のために、働いているんだろう」、「どうして、こんなに忙しいんだろう」と、思うことはありませんか?そんな私たちに、柿迫さんは忘れかけている大切なことを、気づかせてくれました。
今回は、柿迫さんの「自然と向き合う暮らし」について、紹介していきます。

自然の中で暮らすこと

東京都品川区出身で、渋谷のデザインカンパニーに籍を置く柿迫さんが、小豆島に移住をしたのは2019年5月。
移住してまもなく、都会での暮らしは「五感で感じる」という感覚を、自ら閉じていたことに気づいたと言います。
「新緑の季節でも緑を見ていなかったし、五感に触れるような感覚は、強制的にオフにしていたと思います。それに気づきながらも、気づかないように毎日を過ごしていたかも。自然の近くに住むと、自分の中に余白ができて、感じるという感覚を少しずつ取り戻すことができました。春が来ると心と体が喜んでいることがわかる。そんな感覚です」

自然との距離感が変わってきたことは、死との距離感の変化にもつながっていきます。
ある時、柿迫さんの家の離れの窓に庭が映っているのを見た鳥が、窓に突進して命を落としました。その鳥を、柿迫さんは庭に埋葬し弔ったそうです。
「日々の暮らしの中で身近に野生動物がいたり、猪の肉を食べる機会があったり、植物の発芽から枯れるまでや、島には下水道がないので自分から出た排泄物の循環も目にします。これら生態系の入り口と出口を身近に感じることで、自身の死についても考えるようになっていきました」と、柿迫さんは言います。

柿迫さんは死を考えることで、モノを所有するという思想から解放されていき、100年〜150年先をイメージしながら、未来のことを考えるようになっていきます。
「死後の世界には何も持って行けないので、自分の持ち物はなるべく減らす。次の世代へ繋げるべきものは独占せずに、すぐに渡す。自分以外の人にとって不要なモノは増やさないように考え方が変わりました。
自然という大きな流れの中で、僕自身が生かされていると感じるようなって、モノやお金を所有することが豊だという思想から、どんどん解放されていきました。これは、移住して大きく変わった部分です」

地域でのコミュニティ

小豆島での生活は、これまでの既成概念を考え直す機会となり、それは家族のあり方や、地域で共に暮らすコミュニティにまで広がっていきます。
「現代の暮らしは、明治以降にできた制度が元になっていて、今まで当たり前と思っていたことに、とことん敏感になりましたね。例えば、家族の形一つとっても、政府が管理しやすいようにできた結婚や戸籍の制度や、子どもは血縁関係でないといけないとか。僕個人としては、子どもは自分の子どもかどうかより、地域の子どもたちは未来につながる宝として、社会の中で大事にしていきたいと考えるようになりました。そうあるためにも、地域のコミュニティの必要性も実感しています。そこには、多種多様な特技や個性を持った人達がいることが重要です。小豆島にもたくさんの地域コミュニティがあります。その中で僕の育てた大根が、誰かに渡る。それが何かに変わって誰かに渡たり、巡り巡って服になって、僕のところに来る。日々の生活の中で、こういった循環が起こることはよくあります」

私たちの生活には、生活範囲を規定する市町村があり、そこに対して税金という形でお金を落とすことで、生活の基盤を維持してますが、そのあり方に対しても柿迫さんには考えがあります。
「今は、住民税という形で納税していますが、どこまで納得して税金という形で投資をしているのか疑問です。人口が減少する中で、将来的には、都市の機能や仕組みがもっと小さくなり、それぞれのコミュニティで自立した自治が行われるイメージをもっています。もし自分の所属しているコミュニティが、200~300人程度のコミュニティであれば、自ら投資して自治を守っていくことは、とても意味のあることです。未来に対する投資の使われ方もイメージしやすくなる。そうなれば、投資にも納得感があり、お互いに幸せなのではと思うんです」

自立的なコミュニティを作る上で欠かせないのが、土地とそこにあるインフラです。しかし、すでに一部の地域では、それが海外資本によって自分たちの手から離れていってしまったという事実に対しても思うところがあるようです。
「例えば、北海道では、海外資本による水源のある山の買い占めが問題になっています。町に水が行き届かなくなってしまうのではないか、と地域の人は不安に感じると思います。所有者が亡くなった時に相続する人がいないと、気づいた時には、山は海外資本に買い占められています。そうなると手遅れで、山を地域で共有して守っていれば良かったのにと、後から悔やむことなりかねません。その前に、自分たちで土地を守らないといけないんです」
こういった自然資源を共同で管理・利用する「コモンズ」、日本で言うところの「里山」の思想が、地域にとって非常に大切だと、柿迫さんは言います。

風の時代の中で大切にしたいもの

「自分たちの土地は、自分たちで守る」。このコモンズの思想を育み、地域で共有するには、どうすればいいのでしょうか。柿迫さんは、そのヒントに「自然に畏怖の念を感じることが重要」と教えてくれました。
「昔は、山の上や中腹に大きな岩があって、その岩を神様が座る場所として信仰するプリミティブな形の磐座(いわくら)信仰が中心でした。見えない神様や、自然、山に対して、畏怖の念を感じながら、非言語的な状態で守っていくというものです。地域に住んで自然を守っていくのと同時に、こういう精神性や宗教性も取り戻さないといけないと思っています」

今の暮らしのあり方や宗教性は、明治以降の考えがそのまま受け継がれているものが多くあります。柿迫さんは、明治以前の暮らしのあり方を知るために、住んでいる地域の神社の歴史を紐解いています。
「近くの天津(あまつ)神社を観察すると、その土地は元々お寺だったことがわかりました。地元の人は、今でもその神社を「妙見(みょうけん)さん」と呼んでいます。これは、小豆島周辺に海の仕事をしている人が多く、おそらく北極星を仏格化した妙見菩薩を祀っている妙見寺があったからではないだろうかと見ています。昔は、お寺の周りに、お稲荷さんや民間宗教などの小さな社が、たくさんあったようです。明治以降の廃仏毀釈によって、1つの大きな神社を創り、周辺の小さな社をまとめて合祀して出来たのが、今の天津神社なんじゃないかと推測しています」

このように明治以前の信仰のあり方に思いを馳せることは、自然との繋がりや守り方を見直していくことのヒントになると、柿迫さんは言います。自然に畏怖の念を感じ、抗うことのできない自然の一部に自分たちがいることを知り、どう理解し守っていくかが重要だそうです。

今は時代の過渡期で、土の時代から風の時代へと変わろうとしています。土の時代とは、物質主義で、お金やモノ、その重さや量で豊かさを量り、目に見える資産形成に価値が置かれていた時代。大量生産・大量消費の世界です。一方、風の時代は、知性・コミュニケーションなど形のないものが意味を持つようになり、想像力や思考力が重要視されています。モノに縛られない生き方や型にはまらない価値観、“持たない”自由を楽しむ時代になります。「風のように」心の軽やかさが、豊かさにつながっていく世界です。

この過渡期の今を柿迫さんは次のように見ています。
「やっと、心の豊かさに気づく時代が来たんだと思っています。土の時代に、人類が色んな代償を払って、経済的な成長を成し遂げてきたことで、多くの国々の水準が上がりました。それは、命だったり自然だったりを、壊しながら成長して、確保した豊かさなのです。でも今は、何十年も前から自然に限界が来ている状態です。そうなって初めて、自然との共存を探るようになってきました。技術やインフラが整ってきたことで、今までは見えなかったものが見えるようになり、見る力、感じる力は、今後もっと高まっていく可能性があります」

そこで、柿迫さんは見る力、感じる力を養うために、習慣を変えたと言います。
「個人的な考え方ですが、現代の中で大切なものを奪っているのは、スマホだと思っています。僕は最近、Twitterもインスタもやめて、スマホのアプリは4つに減らしました。電話とメールだけで十分なのです。スマホの中の情報は、過去の情報でありデジタルなもの。手触り感の無い自分とは直接無関係なことがほとんどだと思います。スマートフォンを見る時間を極力減らす代わりに、今実際に僕の前で起こっている事に目を向ける。風の音とか、雨の匂いとか。そういうことにシフトするだけでも、違ってくるんじゃないかと思います。試しに3日間だけでもスマホをやめてみると、自分の中でちょっとした変化が起こり、面白いですよ!」と教えてくれました。

取材を通して

柿迫さんの自然と向き合う暮らしを通して、私たちが忘れていた大切なことに気づくことができました。
それは、どこで暮らすにしても、その土地の自然や歴史、置かれた環境と向き合い、自分で何かを感じ、考えて、誰と生きていくかが重要だということだったように思います。
もう一つは、経済が右肩成長から維持の時代へと変化していく中で、私たちの行動一つ一つが、その地域の未来にも緩やかにつながっていくということです。自然という遥か昔からの営みの中で、自分たちはその一時点に過ぎないことを自覚して、何ができるのかを考える必要があると感じました。そうすることで、私たちは、本当の意味での心の豊かさと出会えるのではないでしょうか。

コロナ禍により価値観の変化が加速していると感じます。これまでの固定概念から解放され、「住みたい場所」での「持たない暮らし」や「自由な暮らし」を選択する人は、今後一層増えていくでしょう。そんな選択をする時に立ち返る一つの指針をいただいた取材でした。

柿迫 航(かきさこわたる)
1987年生まれ、東京都品川区出身。 青山学院大学経営学部卒業後、Web制作会社のデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、アートディレクターとしてベンチャー企業を数社経て、株式会社グッドパッチに入社。2019年に香川県小豆島に移住し、リモートワークで様々なプロジェクトに従事。個人の活動として地域のデザインプロジェクトにも挑戦中。