「日本まちやど協会」

―まち全体を一つの宿に見立てて、日常を楽しむツーリズム。
宮崎 晃吉さん HAGISO(ハギソウ)

株式会社HAGI STUDIO(代表取締役)であり一般社団法人 日本まちやど協会(代表理事)の宮崎さん。
photo: Miki Chishaki

江戸時代、旅行者は街道を通って、まちからまちへと移動し、それぞれの宿場町で体を休めました。宿場町には、宿だけにとどまらず、お風呂屋さん、飲食店、商店と旅人をもてなすまちの日常が用意され、人との交流を通してまちを知り、旅を楽しんだといわれています。まちそのものが、一つの宿のように機能していたのです。家路につく途中、ふらりと行きしのまちに立ちよって、顔見知りになった人のお店で「帰ってきたよ」と、寄ってみる。そんな光景も当たり前のことでした。わざわざそのまちに立ち寄ったのは、そのまちでしか出来ない体験があることを旅行者が知っていたからに他なりません。
旅行サイトで交通機関と好みの宿を選んで、旅に出ることが多くありますが、旅先ですばらしいサービスを受けても、そのまちとの接点がないことが、時に退屈さを感じるものです。宿泊場所から一歩足をのばして地域固有の体験をすることが、昔と比べると減ってしまったようです。

まちを一つの宿と見立てるツーリズム

そんな中、新たなツーリズムが注目を集めています。それは「まちやど」という新しい旅行の仕組みです。「まちやど」とは、まちを一つの宿と見立てて宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、まちぐるみで宿泊客をもてなすこと。そしてひいてはそれが地域価値を向上させることを目指しています。前述した宿場町のように、まちの中にある宿泊場所、食べる場所、お風呂に入る場所など様々な要素が集まって、旅行者には世界に二つとない地域固有の体験を提供し、まちの住民や事業者には活躍の場や、事業機会を提供します。

東京都台東区谷中のHAGISO hanare

「まちやど」という取り組みを一番最初に始めたのが、東京都台東区谷中にあるHAGISO hanareです。今回は、HAGISOの前身であるアパート萩荘の時代からここに住んでいるというHAGISO代表の宮崎さんに話を聞きました。
さかのぼること64年前、1955年に建てられた萩荘。当時は初音湯という銭湯が隣にあり、6畳一間に小さな押し入れと、共同の水場。東京藝術大学の学生を中心に14人が住むアパートとしてスタートしたそうです。台東区谷中という土地柄、何とか戦火を逃れ、その後は何度かのリフォームを繰り返し、一時は空き屋だったこともありますが、2004年に宮崎さんの後輩が入居し、2006年には東京藝術大学の学生だった宮崎さんが萩荘に入居します。建築を専攻していた宮崎さんは、大学を卒業後、日本を代表する建築事務所に就職し中国で仕事をするようになります。そんな時、萩荘の隣にあった初音湯が閉店するというニュースが飛び込んできました。中国で大きな事業に関わっていた宮崎さんですが、忙しくするあまり自分の愛着をもっていたものを守れなかったことに大きなショックを受けます。宮崎さんはこの時の気持ちを「建物の突然死」と表現します。そして、2011311日、東日本大震災がおきます。萩荘に大きな被害はなかったものの、周囲では瓦が落ちたり塀が倒れたりと被害が出たことを受けて、老朽化が進んでいた萩荘を解体することを大家さんから告げられます。ちょうど1年前に初音湯が廃業しショックを受けた宮崎さんは、愛着をもった建物がそのまま死んでしまうことは避けたいと、萩荘にお別れを伝えるセレモニー「ハギエンナーレ」を大家さんに提案し、開催。約3週間の間、入居者や元入居者、これまで萩荘に関わった人が集まり、萩荘全体を使ってアートを展示するこのイベントには、別れを惜しむ人が1500人も来場しました。これには大家さんもびっくりです。ハギエンナーレを最後まで見守った大家さんから「萩荘をつぶすのは、もったいないかもね」という言葉が、ぽつりとこぼれました。宮崎さんはこれまで勤めていた設計事務所を退職。この言葉を頼りに、大家さんに萩荘を「最小文化複合施設」HAGISOにリノベーションする提案をします。また、設計に留まらず、その空間を自分で運営することを決めます。「自分でも想像しなかった展開だった」と宮崎さんは振り返って笑います。

HAGISOには今も萩荘時代の看板が残されていました。

「最小文化複合施設」。台東区谷中だから価値が生まれる建物をつくる

「最小文化複合施設」とは何なのでしょうか。世界中にはたくさんの大規模複合施設があります。しかし、萩荘のように規模が限定され、老朽化し、空き屋化したものを上手く利用し、パブリックな空間として仕立てることで、価値を上げられているものは少数です。しかし台東区谷中という場所の特性を活かせば、このデメリットが萩荘の価値になるのでは、と宮崎さんは考えます。こうして大家さんを説得した宮崎さんは、萩荘を「HAGISO」としてパブリックな場所として開くことで「最小文化複合施設」に生まれ変わらせる取り組みを始めます。
具体的には、1階にカフェとギャラリー、2階にはヘアサロンとアトリエ、宮崎さんの事務所をつくりました。なかでもカフェの存在はHAGISOにとって欠かせないものでした。まったく飲食経験がなかった宮崎さんですが、人が集まる場所で、飲む・食べる・話すという行為は場所の土台になると思い、手探りで人を集め、じっくりと時間をかけて作り上げていきました。そうしてついに、201339日「HAGISO」はオープンします。

HAGISO一階のカフェ。生産者がわかる食材を提供している。この日も朝から地域の人や旅行者で満席に。

まち全体をHOTELに見立てる

HAGISO20133月にスタートして以来、谷中というまちの魅力は数々の市民団体によって脈々と守られていることを宮崎さんは知ります。HAGISOオープンから2年が経過し、こういった団体の人たちとの交流を通じて「HAGISOをもっとまちに還元したい」と、宮崎さんは新たな取り組みをスタートさせます。
谷中銀座商店街や、迷路のように入り組んだ路地に点在する昔ながらの商店。そんなたくさんのポテンシャルをもったまちでありながら、誰かが活用し、守っていかなければ、それらはいずれ無くなってしまう。HAGISOを中心に、これらをうまく活用できないか。そこで思いついたのが「まち=HOTEL」という構想でした。
これはイタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」という宿泊モデルが発想のきっかけとなっています。イタリアの地方部では、過疎化が進み空き家が増えた村落が、村のレストランを受け付けに、村のなかの空き屋を宿泊室として利用しています。こうすることで、村にとっては空き屋の活用になりますし、旅行者にはその土地の暮らしの空気を感じられる住居に滞在することができ、その土地ならではの宿泊体験ができるという仕組みです。
宮崎さんはこれを元に、hanareというホテルをオープンさせます。これはHAGISOをホテルのレセプションとして旅行者を迎え、宿泊棟はまちの中、大浴場はまちの銭湯、朝食と夕食はまちのおいしい飲食店、お土産もまちのなかの雑貨屋さん、まちに点在するリソースを楽しみながら、その土地ならではの体験ができるホテルです。hanareの宿泊棟の丸越荘は、築50年の空き屋でしたが、宮崎さんたちがリノベーションしたことで立派な宿泊棟として生まれ変わりました。このhanareはオープン以来大人気で、国内にとどまらず多くの外国人旅行者がこの施設を目当てに日本を訪れるのだそうです。
「日本には大手資本が経営するリゾートがたくさんあります。古民家リゾートのようなものも流行りつつありますが、これらのお金は全て宿泊場所がある場所とは異なる別の都市に落ちます。しかしhanareの仕組みは、まちの人と協働することでまちにお金が落ちていきます。そして、それがまちの人を元気にしていきますし、訪れた人がもっとまちに溶け込みやすくなります。まちの価値観に共感する人が増え、まちの価値が上がる仕組みです」と、宮崎さんは言います。
まちを一つのホテルに見立てる、この新しいツーリズムを宮崎さんは「まちやど」と名付けました。

HAGISOにあるhanareのレセプションには、萩荘時代の家具が丁寧に並べられている。

日本まちやど協会

hanareの経験から、このような「まちやど」を増やしたいと20176月に「一般社団法人 日本まちやど協会」を発足。201812月時点で北は北海道、南は離島まで登録された、「まちやど」は19か所まで増えました。
「まちやど」で旅行者が体験できるサービスに同じものは一つとしてありません。旅行者の数だけサービスがあり、まちへの思い出ができます。だから、どこの「まちやど」に行っても面白いし、旅行者は次の「まちやど」に出かけたくなります。
旅行者に留まらず、サービスの提供者も、「まちやど」の仕組みに関われば関わっただけ、まちの価値に共感し、それがまちの価値を上げることにつながっていくのです。
そのまちにある歴史とポテンシャルを見つけ出し、地域の人を巻き込んでその土地独自のサービスをつくることで、まちで宿泊客をもてなす。そしてそれが地域価値の向上につながっていくことを目指す「まちやど」。一か所にとどまらず、この取り組みがつながっていくことで、ひいてはわたしたちの社会全体が元気を取り戻していくような、そんな未来を見せてくれる取材でした。
是非一度のぞいて見てください。ご意見や感想をお寄せください。

HAGISOの黒塗りの外観はどこからでも目に入る。これに影響を受けて、地域でも新築の住宅で黒塗りのお宅が増えたのだとか。

宮崎晃吉(みやざき みつよし)
建築家、株式会社HAGI STUDIO代表取締役。一般社団法人 日本まちやど協会代表理事。
1982年群馬県前橋市生まれ。2008年東京藝術大学大学院修士課程修了後、磯崎新アトリエ勤務。2011年より独立し建築設計やプロデュースを行うかたわら、2013年より、自社事業として東京・谷中を中心エリアとした築古のアパートや住宅をリノベーションした飲食、宿泊事業を展開。「最小文化複合施設」HAGISO、「まち全体をホテルに見立てた宿泊施設」hanare、「食の郵便局」TAYORI、「まちの教室」KLASSなどを設計および運営している。

株式会社HAGI STUDIOHAGi STUDIO HP |  http://studio.hagiso.jp/
HAGiSO | http://hagiso.jp/
HAGiSO hanare | http://hanare.hagiso.jp/
一般社団法人 日本まちやど協会 http://machiyado.jp/