「秋田・湯沢で起こした地方再生」

―“世界No.1の発酵都市”を目指す創造的なまちづくり
本村拓人さん

株式会社Granma代表の本村拓人さん

「世界を変えるデザイン展」をはじめ、世界人口の約40億人に相当するBOP層を対象に持続可能性のある事業を展開するなど、多彩な活躍で知られる本村拓人さん(株式会社Granma代表)。“生涯旅人”を自負する本村さんは世界128カ国を駆けめぐる中、そのまちならではの資源や特性を活用した地方再生の現場を数多く訪れてきました。これまでに得た知見を活かして、自分でも新しい地域づくりの可能性に挑戦してみたいーーそんな想いをかたちにするべく、現在は「世界No.1の発酵都市」を目指す秋田県湯沢市の地方再生に取り組んでいます。本村さんが考える創造的なまちづくりとはどんなものなのか。その活動についてお話を伺いました。

そのまちの「個性」をフルに際立たせることで、地域は再び輝きはじめる

ムンバイ、ポートランド、ベルリン、サン・セバスチャン、ボゴダなど、ありとあらゆる国々のさまざまな地域に足繁く通い続け、小さな変化をつぶさに観察し、そのまちの発展を見つめてきた本村さん。無法地帯と化していたアムステルダム北部の造船所跡地が、たった一人のアイデアのもとに、オランダを代表する文化発信の拠点として再生した「NDSM」をはじめ、治安の悪い下町から世界最先端のクリエイティブ地区として生まれ変わったブルックリンなどを例に挙げ、「世界各地を見てまわる中で学んだのは、どんな地域であっても、そのまちならではの個性を十二分に際立たせることで再生できるということ」と話します。

そして、「クリエイティブなアイデアを持つ小さなチームや個人が、地域づくりや地方再生を担える時代が来ていることを強く実感した」からこそ、本村さんは、自らが地域づくりに携わることのできる場所を求めて、2018年に日本に拠点を移しました。キャンピングカーに乗って国内のさまざまな地域を訪ね歩いた末、秋田県湯沢市にたどり着きました。湯沢市を選んだのは、「純粋に大きな可能性を感じたから」と話します。

湯沢市は、江戸時代から続く温泉など豊かな資源に恵まれたまちですが、中でも、味噌や麹といった“発酵”の文化は、他にはない強烈な個性のひとつです。本村さんは、この発酵を核として「発酵都市・湯沢」の地域づくりに関わっていこうと、湯沢市在住の同志・京野健幸さんとともに、reblue(リブル)という会社を立ち上げました。このネーミングは、湯沢市を中心に地域の再生を目指す本村さんたちが、再醸造を意味する「re:brew」をもとに考案したものです。

慶応三年(1867年)から続くヤマモ味噌醤油醸造元
photo: Miki Chishaki

人こそが、地域の資産。湯沢の顔は、「発酵人」

「まちの賑わいをつくり出すためには、何よりもまず、地域の住民に親しまれるまちづくりを行う必要がある。そのためには、ハード先行型で再開発事業を進めていくのではなく、その地域に受け継がれてきた文化や伝統を活かしながら、住民たちを巻き込んで、まちづくりに参加してもらうことが重要」――これも、本村さんが世界の地域再生の現場から学んだことです。

その学びを活かすべく、本村さんは、“湯沢の顔”となる魅力的な個性を持つ地元の人たちを見つけることから活動をスタートさせました。「人こそが、地域の資産」であり、地域に根ざしたユニークな人たちこそが、湯沢市の個性をフルに発揮させるための中核になると考えたのです。

例えば、1867年創業のヤマモ味噌醤油醸造元・7代目の高橋泰さん。あるいは、100年続く「羽場こうじ店」の麹と旬の食材を使った発酵料理の食堂「旬菜みそ茶屋くらを」の女将・鈴木百合子さん。彼らのような湯沢に根づく伝統産業や生活文化の担い手たちを「発酵人」と名づけました。そして、インタビュー映像などを通じて、その魅力を発信していったのです。

控えめで慎重な性格の人が多いとされる東北地方ゆえ、「インタビューさせていただけませんか?」と言っても、当初は、気が進まない様子の人がほとんどでした。しかし、本村さんは地道に通い続け、時間をかけて彼らとの関係性を築き上げていきました。1年、2年と経つうちに、徐々に打ち解けていき、ついに、インタビュー映像の制作が実現することに。今では、インタビューに応じてくれた“発酵人たち”が自ら、映像の存在を周囲に宣伝してくれるほど、たいへん喜ばれているのだそうです。

発酵料理の食堂「旬菜みそ茶屋くらを」の女将・鈴木百合子さん。
photo: Miki Chishaki
ヤマモ味噌醤油醸造元・7代目の高橋泰さん
photo: Miki Chishaki
Fermentators City 発酵都市 秋田県湯沢市 HP

湯沢のまちづくりに関わる発酵人口を増やし、新たな産業の創出を目指す

2018年11月3日から11日の9日間、本村さんは発酵人たちとともに、発酵をテーマとした「Fermentators Week」というイベントを秋田県南部で開催しました。(※fermentators=個性を醸す人)。このイベントの趣旨は、「呑む、遊ぶ、食す、学ぶ、巡る、聴く、買う」の多彩なコンテンツを通じて、多くの人に発酵にじっくり触れてもらうことです。例えば、「発酵×日本酒×セリ」「発酵×いぶりがっこ×イタリアン」などユニークな組み合わせの美酒美食を楽しむ発酵人晩餐会。または、発酵人たちとともに発酵の未来とクリエイティブ産業としての可能性を探求するカンファレンス。それらの体験を通じて、足を運んでくれた人々が、湯沢のまちづくりに関わり始めるようになり、ひいては、発酵を核とした新たな産業を創出することを目指しています。実に2,000人の来場者が訪れ、イベントは大盛況のうちに幕を閉じました。

続く2019年3月2日~3日には、イベント第2弾「Fermentators Week Winter Edition」を開催。このイベントは来場型ではなく、雪深い冬の湯沢市で、発酵文化にどっぷり浸かる48時間のツアーです。ヤマモ味噌醤油醸造元のファクトリー見学や一流シェフとのコラボレーションによる発酵食、美酒と音楽を楽しむミニ発酵フェスなどが行われ、はるばる東京からも約30人の参加者がありました。

イベントを開催すると、地域内外の人からさまざまな意見が寄せられますが、それと同時に、「新たな活用の可能性を秘めた、まちの資源も集まってくる」と話します。本村さんたちの活動に深く共感した湯沢市のある旅館オーナーさんが、「これからは若い人たちに任せたい」と言って、非常に良い条件で旅館を譲り受けられることになったそうです。

発酵都市として世界に記憶される湯沢で最も大切なのは、地域の個性を醸す人(=Fermentators)の存在。
出典:Fermentators Week HPより

「発酵文化を全世界に広めて、生活文化に革新を起こしていきたい」

本村さんは今、新たな野望を抱いています。ひとつは、発酵都市・湯沢を起点とした発酵文化を世界に発信し、人々の生活文化に革新を与えていくこと。そして、もうひとつは、湯沢のように、各地域の個性をフルに際立たせ、東北全体をリブランディングしていくことです。

「そして、これまでそれぞれの地域で活用されていなかったものや廃棄されていたものなど、すでにある潤沢な資源を活かして新しい価値を生み出し、東北地方から世界に向けた貿易を展開できたらいいなと思い、今、基本構想を描き始めている」と話します。

今後、本村さんたちが、湯沢市やその他の東北の地域で進めていくプロジェクトは、2021年に開催するトリエンナーレで一挙公開される予定です。本村さんの描くビジョンが実現した日には、かつてスペインの小さな片田舎だったサン・セバスチャンが、世界一の美食街として生まれ変わったように、湯沢は、発酵文化を愛する人たちがこぞって訪れる世界一の発酵都市となり、東北は、日本随一の豊かな地方として認知されていくことでしょう。

行政から依頼を受けたわけでもなく、生まれ故郷でもない湯沢市の地方再生に、全力をかけて取り組む本村さんの姿は、特異に思えるかもしれません。しかし、世界各地で目にしてきた数々の地域づくりの成功例を踏まえると、その知見を自分のルーツである日本でのまちづくりに活かさない手はなかったのです。中でも、本村さんにとって、最も可能性を秘めていたのが、湯沢市であり東北地方でした。ここで一定の成果を得ることができれば、さまざまな地域に適用できますし、ひいては日本全体を元気づけることにもつながります。

最適化社会から、より精神的な豊かさや個人の生き方を重視する自律分散型社会へと向かう今、テクノロジーの進化とともに、人々の暮らし方や働き方など、あらゆるものごとはまだらに変化を続けています。どれかひとつが正解であるとか、こうでなくてはならないとった一定の価値基準ではなく、多様な価値観が共存していくであろう少し先の社会では、地域づくりのあり方もさまざまに生まれてくるでしょう。自分の持ちうる資源を惜しみなく共有し、柔軟な発想で地方再生に挑む本村さんの取り組みは、その先駆けと言えるのかもしれません。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。

本村 拓人(もとむら たくと)
株式会社Granma(グランマ) 代表取締役社長/創造区画家
1984年4月28日生まれ。高校卒業後、2003年愛知県名古屋市にて人材派遣会社の立ち上げに参画。一年間の会社経営を経験したのち、ニューヨーク州立大学モリスビル校へ進学。留学中、アジア、アフリカを放浪し、資本主義の残した正と負の軌跡を直視した経験から、「BOP層」を対象に、安価で生活向上に役立つ商品の流通から開発までを提供する事業を開始。2009年に株式会社Granmaを設立。2010年には「世界を変えるデザイン展」を企画·運営。

2015年にはGranma services & consulting Indiaを設立。アジア・アフリカでのサステナブルシティや地域創生を目的とした事業を開始。2016年より東北を拠点として活躍する市民ファンド運営機関やオフィス家具などの販売を手がけるITOKI内に設立した新部署にてプロデューサーとして、日本の地域創生を仙台、秋田、福島など5地域で展開。一般社団法人Granma (活動名Space Gray)を母体に、全国の政令都市にて地域創生の新パラダイムを樹立すべくワークショップ、カンファレンスなどを定期的に開催。アジアでは「World Innovation Forum」をマレーシア政府と共に主催し、主にアジア地域でのイノベーションについての研究と利害関係者とのネットワーキングを行なっている。

現在、CSRに関連する企業ブランディングやプロモーションに資するWebサイトの作成や動画制作等を行うかたわら、中国・インド・東北地域で小規模ながらも地域の創造性を圧倒的に引き上げる“クリエイティブ・ワン・ブロック”(創造区)の企画・設計・運営を行う。