成瀬・猪熊建築設計事務所

―シェアハウスから始まる心地良い共用空間づくり
猪熊純さん 成瀬友梨さん

2013年にオープンしたシェアハウス「LT城西」。高低差のある立体的なレイアウトが心地よい。
出典:LT城西公式HP

シェアハウスやシェアオフィスをいち早く手掛けた気鋭の建築家ユニットとして知られる猪熊純さんと成瀬友梨さん。なぜ、シェアハウスに着眼したのか。何が2人を奮い立たせたのか。その核心に触れながら、近年取り組んできたオープンイノベーションラボやまちづくりのプロジェクトについてお話を伺いました。

シェアハウスからすべては始まった

コレクティブハウス、コーポラティブハウス、アート空間や商業施設など、年を追うごとに活躍の幅を広げている2人。人と人の新しい関わり方や集まり方を考えながら空間づくりを行う機会が増えていますが、「根本にあるのは、シェアハウス」だと言います。ちょうど2人が独立して建築設計事務所を設立した2005年頃、世の中ではシェアハウスが少しずつ事業として成り立ち始めていました。かねてから、コミュニティの重要性を意識していたこともあって、2人はシェアハウスに集合住宅の新しい可能性を感じました。

「ひとり暮らしの住まいが、すべてシェアハウスに取って代わるとは思わない。ただ、ワンルームという選択肢しかないことに疑問を抱いていた。暮らし方も働き方も多様化する時代に、建築も多様であってもいいのではないかと思った」と話します。その後、2人はシェアハウスを普及させるために、情報発信や展覧会の開催など、地道な活動を続けました。そして、2013年に名古屋市にオープンした新築のシェアハウス「LT城西」を皮切りに、シェアオフィス、コワーキングスペースなどの設計を次々と手掛けるようになりました。

共用空間から生まれる、豊かな暮らし

一番人気の白いソファーのスペース。居心地の良さに人が集まってくる。
出典:株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所 一級建築士事務所HP

この日、2人は3つの事例を紹介してくれました。最初に見せてくれたのは、前述したLT城西です。アパートや社宅など既存の建物をリノベーションするのが主流だった頃に、シェアハウスとして設計・建設された物件として大きな注目を集めました。「他人同士が一緒に住むからこそ、より丁寧な共用部の設計が必要」と考えた2人は、個室と共用部の配置を同時に検討していきました。

個室は、高低差のある立体的なレイアウトにし、それによって各個室の間にできる複数の空間を共用部としてつくり上げました。延べ床面積307㎡のうち、共用居室面積は103㎡。吹き抜けのエントランスホール、リビング、ダイニング、ラグスペースなど、居心地の異なる居場所では、13人の入居者が思い思いの時間を過ごせるようになっています。中でも、白いソファーの置かれた2階の窓際スペースは、「とにかく居心地がいい」と人気を集めています。

「せっかく広い家に住んでいるから、みんなで面白いことをやろう」と入居者が自主的に開いたクリスマスパーティには、のべ100人以上の友人・知人が集まりました。8畳の個室と共用部の床面積を居住人数で按分すると23㎡ほどしかないのに、これだけの人が集まれる空間として成り立っていることから、設計した2人の手腕の高さが伺えます。LT城西は、みんなで集まっても、一人で過ごしても快適な共用空間がつくられたことによって、新しい豊かな暮らしを体現しているシェアハウスです。

遊び心満載のオープンイノベーションラボ「KOIL」

2014年に千葉県柏市でオープンした「KOIL柏の葉 オープンイノベーション ラボ(31 VENTURES KOIL)」。
出典:株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所 一級建築士事務所出典:株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所 一級建築士事務所HP

「KOIL柏の葉 オープンイノベーション ラボ(31 VENTURES KOIL)」は、2014年3月に千葉県柏市で開設したイノベーションセンターです。3000㎡の巨大空間を設計するにあたって、2人が思い描いたのは、「さまざまな人々が分野を横断して協働するプラットフォーム」。多様な職種や立場の人々が有機的に交わり、偶発的なアイデアやイノベーションが生まれる場に何よりも必要なのは、“オープンさ”であると考えました。

この施設で働く人も、訪れる人も、誰もが自由に行き来できる空間にしたい。そのこだわりが具現化されたのが、エントランスから一番奥まで突き抜けた長い廊下です。あえてむき出しにした配線、一様でない照明が設置された高い天井と相まって、従来の均質なオフィスとはまったく異なる独特の開放感を醸し出しています。廊下沿いには、デジタル工房、カンファレンスやミーティングルームなどがあり、それぞれに遊び心のある仕掛けが施されています。

例えば、白熱電球をランダムに設置したミーティングルーム。パソコンのモニター画面や資料が見づらいのでは?という声が挙がりそうですが、従来のミーティングルームにはない和やかな雰囲気が好評で、利用者はあとを絶ちません。また、カンファレンスルームは、用途によってバリエーションを広げられるように設計されています。いわゆる会議室形式はもちろん、ワークショップやパーティ、ミニ四駆大会といったユニークなイベントまで、国内外の多様な人たちが集まる出会いの場となっています。

柏市を一望できる日本最大級のコワーキングスペースは、KOILの中核を成す空間です。中に入ると、約170席のフリーアドレス席のエリアがあり、奥には7区画のブース席が設けられています。この空間が特別なのは、建築家ならではの視点で、家具の特性を活かした内装にデザインされていることです。

フリーアドレス席には、背の高いテーブルやチェアを配置し、奥の席に向かうほど低く、重厚感のある家具を配置するというグラデーションになっています。天井の高さは5段階に分かれていて、色・温度の異なる多様な照明を採用しています。また、フリーアドレス席では音楽がかかっていますが、奥の席ではかけないというように、音のデザインも連動させています。こうした工夫を凝らすことによって、フリーアドレス席では打ち合わせやチャットミーティングを行い、奥の席では自分の仕事に集中するという、ゆるやかな線引きが可能になっています。

地域の未来をつくる人が育つ場「みしま未来研究所」

廃園になった幼稚園をリノベーションしてうまれた「みしま未来研究所」。
出典:みしま未来研究所Facebookページ

最後に2人が見せてくれたのは、今年1月12日、静岡県三島市にオープンした「みしま未来研究所」。廃園になった市内最古の幼稚園をリノベーションして生まれた新しい施設です。三島市は、品川まで新幹線ひかり号で37分という抜群の交通アクセスに恵まれた、自然豊かな“水の都”。新幹線通勤する人も多く、移住者を含めて人口は増加の傾向にあります。しかし、“いつでも帰ることができるまち”だけに、進学や就職で一度離れてしまうと、そのまま戻らない地元の人も少なくありません。地域の未来を担っていく若者や優秀な人材の“地元離れ”は、三島市にとって長年の課題でした。

そこで立ち上がったのが、「地域の未来をつくる人が育つ場」をコンセプトに、かつての園舎を三島市の新しい活動拠点として生まれ変わらせるプロジェクトでした。2人は、加和太建設という三島市の建築会社の社長から依頼を受け、「NPO法人みしまびと」とともに、プロジェクトを進めてきました。

みしま未来研究所には、コワーキングスペースをはじめ、キッチン付きの多目的スペース、ミニサイズの多目的スペース、高校生の部室、Cafe & Bar Blooming、みんなの広場という6つの空間があります。仕事場として、マルシェや映画上映会、イベント、パーティなどを行う集いの場として、さまざまな活動の受け皿となる場が設けられています。

中でもユニークなのが、地元の高校生に無料で提供している高校生の部室。ここでは、大人たちの手助けを得ながら、自分たちで考えたアイデアの実現に取り組むことができます。その子たちが、将来起業家となるような交流や活動の場を目指しています。
Cafe & Bar Bloomingは、80種類のクラフトビールがそろったセルフ形式のカフェ・バー。飲み物を注文すれば、フードは持ち込み自由です。ソファー席、ハイテーブル席のほか、入口側のスタンディングコーナーでは、ビールの角打ちを楽しむ人でいつも賑わっています。

みんなの広場は、みしま未来研究所の中央にある円状の広大な広場。「場をつくっておくと、必ず誰かが見つけて使ってくれる」と2人が言うように、オープニングに駆けつけた市民の人たちは、申し合わせたように丸い輪をつくってお祝いしたのだそうです。広場の一角に設置されたエアストリーム(キャンピングカー)は、打ち合わせや同窓会などさまざまな用途で使える貸し切りスペースになっています。

高校生の部室の壁には自分たちが叶えたい街への思いがたくさん。
出典:伊豆経済新聞HP 

つくりたいのは、“真似されるもの”

築44年の園舎は、地域の人々にとって思い入れの強い場所です。だからこそ、受け継がれてきたアイデンティティをうまく活かしつつ、リノベーションが行われました。一番のキモは、L字型の建物をぐるりと囲むように付けられた大きな“ひさし”。半透明なので明るく、耐震補強を兼ねたひさしの下には居心地の良い空間が生まれ、自然と人が集まる場になっています。普段はあまり社交的ではないという人も、不思議とここに来ると、会話が生まれて笑顔になる…なんてことも起きているのだそうです。

オープンするまでの2年間、みしまびとの人たちはイベントなどを通じて、この施設の存在や使いみちを地域の人々に伝えてきました。その努力が実り、今では子ども、学生、会社員、フリーランス、経営者など、多様な人々が気軽に集まり、交流を持つ場として賑わいを見せています。

「真似されるものをつくりたいといつも思っている」と2人は言います。シェアハウスも、シェアオフィスも、コワーキングスペースも、何か特殊なものをつくるよりも、他の人が真似できるものをつくれば、おのずと数が増えていきます。それによって、体験する人が増え、「こんな暮らし方、働き方って、いいかもしれない」と思ってくれる人が増えることが、2人にとって何よりの喜びなのです。

共用空間から生まれる豊かな暮らし、充実の仕事時間、新しい未来。心地良い環境が人々の気持ちに作用して、一人またひとりと集まり、その空間を共用する。そうすることによって、空間自体も、さらに豊かさを増していくのかもしれません。みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。

猪熊純(いのくま じゅん)
1977年神奈川県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/首都大学東京助教。東京大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学修士修了後、千葉学建築計画事務所へ入社。2年間勤務後、2007年成瀬友梨と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。成瀬とともに、主にシェアハウス、シェアオフィス、コワーキングスペースなどを手掛ける。2008年から首都大学東京助教。

成瀬友梨(なるせ ゆり)
1979年愛知県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/東京大学助教。
東京大学大学院博士課程単位取得退学後、2005年成瀬友梨建築設計事務所を設立。2007年猪熊純と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。2010年から東京大学助教。

成瀬・猪熊建築設計事務所
建築はもとより、プロダクトからランドスケープ、まちづくりまで、様々なデザインを行う。近年では、場所のシェアの研究を行い、新しい運営と一体的に空間を作ることを実践。コワーキングスペース、イノベーションセンター、シェアハウス、コミュニティカフェ、福祉施設などを設計中。JCDデザインアワード銀賞(2016年)、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 特別表彰(2016年)、グッドデザイン賞(2015年、2007年)、JIA東海住宅建築賞 優秀賞(2014年)ほか、受賞歴多数。共著に『シェアをデザインする:変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(学芸出版社)、『やわらかい建築の発想‐未来の建築家になるための39の答え』(フィルムアート社)など。

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