妖怪から文学へ、人の営みをたどる古本屋
【岡山 文学とまち インタビュー vol.3】「古本 斑猫軒(はんみょうけん)」
渡邉賢二さん

「古本 斑猫軒(はんみょうけん)」は、岡山を拠点としながら、店舗を持たず、オンラインで営業している古本屋です。妖怪や怪談、民俗学など少し珍しいジャンルの本を数多く扱っています。なぜそのような本を集め続けているのか。そして、なぜ古本屋という仕事を選んだのか。岡山文学フェスティバルの実行委員としても活動する店主の渡邉さんに、本への思いや古本屋ならではの魅力について伺いました。
好奇心から始まった古本屋

斑猫軒は、店舗を持たずオンラインを中心に営業する古本屋です。取り扱うのは、怪談や妖怪、民俗学など、一見すると専門的で少しニッチにも思えるジャンルの本ばかり。渡邉さん自身が興味を持つ分野を中心に選書していて、何を仕入れるか、どう売るかは全て渡邉さん次第です。これらのジャンルを扱う理由について、渡邉さんは「自分が好きなものじゃないと、お客さんに勧められないから」と話します。好きな分野だからこそ需要の感覚もつかみやすいそうです。
専門古書店は数多くありますが、文学なら文学、歴史なら歴史というようにジャンルごとに分かれていることが一般的です。一方、斑猫軒は妖怪を入口にしながら、民俗学や文学など、その周辺へと広がる世界を扱っています。「自分が面白いと思うものを売っているんですよね」。そう笑う渡邉さんですが、扱う本には一貫した視点が流れています。
一冊の本が教えてくれた古本屋の面白さ
渡邉さんが店を始めたのは2012年のことです。大学卒業後、古本屋でアルバイトを始め、そのまま10年以上働いていました。30代になり、このまま就職先を探すより、自分で店を始めた方が良いのではないかと考え開業。もともと本は好きだったものの、学生の時は小説を読むことが中心で、古本屋に関わるようになってから民俗学などの本も読むようになったといいます。
古本屋を開きたいと思うようになったのは、一冊の本がきっかけでした。「ボン書店の幻」という、詩の出版社を巡るノンフィクション作品です。そこには古本屋が資料を集め、調べ、興味関心のあるものを明らかにしていく姿が描かれていました。「古本屋って研究もできるんだ」と知り、その面白さに惹かれたといいます。
古本は娯楽として楽しむだけではなく、古本じゃないと手に入らない、資料としての一面もあり、古本からの発見や学びもあります。「入ってきた本を読んでいると疑問が生まれるんです。でも無理に答えを探さずに取っておく。そうすると何年か後に別の本が入ってきて、『あの時の疑問はこういうことだったのか』とつながることがあります」と渡邉さん。店を始めてからは、一冊一冊の本と向き合うことが増え、調べることの楽しさを実感できたそうです。
妖怪の先に見える人の営み

渡邉さんが特に惹かれるのが妖怪や民俗学の世界です。「妖怪そのものというより、人間がその営みの中で想像したものというのが面白い」と話します。妖怪は自然への恐れや生活の知恵、教訓などが形を変えて語り継がれた存在でもあります。民俗学も同様に、人々の暮らしや価値観が色濃く現れる学問です。「昔の人たちが当たり前にやっていたことでも、今の私たちから見ると面白いことがたくさんあります。言葉になっていない部分に、その時代の価値観が見えてくるんです」。妖怪から民俗学へ、民俗学から文学や美術へ。一つの興味を掘り下げることで、さまざまな文化や歴史がつながっていく。その面白さが渡邉さんの本選びにも表れています。
本との出会いが世界を広げる

古本の仕入れは主に二つあります。一つは古書組合の交換会、もう一つはお客様からの買取です。最近は、斑猫軒の取り扱うジャンルを知った人から直接相談を受けることも増えています。渡邉さんは、お客様からの買取がもっと増えると面白いと思っているそうです。組合の交換会では自分の好きなものを選びますが、お客様から買い取る際には、せっかくならと興味の対象でない本までまとめて買い取ることも。そうした思いがけない出会いが、自身の興味の幅を広げることもあるといいます。そして渡邉さんには、仕入れをする上で大切にしている考え方があります。「これを好きなのは自分だけだろう、とは思わないようにしています。お客さんの方が詳しいこともたくさんありますから」。好きなジャンルを扱うからこそ、常に謙虚でいること。その姿勢が斑猫軒らしさにつながっているのかもしれません。
言葉の力
最後に、本や活字の魅力について尋ねると、渡邉さんは「文学はそれだけでさまざまな世界を表現できるところが好き」と話してくれました。言葉を連ねていくことで、風景を描くことも、論理を説明することも、音やリズムを表現することもできます。近年はAIによる文章生成も身近になりました。それでも、文学が廃れることはないだろうと渡邉さんは考えています。「読む側からすると誰が書いたかより、面白いかどうかが大事になるかもしれません。でも書く側には、その人なりの考えや熱量があります。書くという行為そのものは代替できないと思うんです」。
取材を通して印象的だったのは、渡邉さんが本そのものだけでなく、その背景にある人々の暮らしや文化、歴史にも強い関心を寄せていることでした。古本屋という仕事に、これほど深い知的好奇心や探究心が息づいているとは想像していませんでした。本を読むことは、誰かの言葉を通して世界を知ること。渡邉さんの話を聞きながら、古本だからこそつながる知識や文化の広がり、そして言葉の奥深さを改めて感じる取材となりました。

渡邉賢二
1978年岡山県生まれ。2012年にオンライン古書店「古本斑猫軒」を開業。綺想・幻想・怪奇と評される文学や美術、文化史、民俗、神話伝説、妖怪、博物学など、妖しくも好奇心と想像を喚起する古本を扱う。岡山県古書籍商組合理事。
【おすすめの本】
『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』
著:内堀弘
ちくま文庫
古本 斑猫軒(はんみょうけん)
https://hanmyouken.net/