「好き!」から広がる、緑と人の輪

【公園のある暮らしインタビュー vol.5-1】 育てる芝生 〜イクシバ!プロジェクト〜 尾木 和子さん 長尾 美奈子さん

photo: Miki Chishaki

「育てる芝生 〜イクシバ!プロジェクト〜」は、2013年4月に東京都中央区で設立されたボランティア団体です。通称「イクシバ!」として親しまれるこの団体がめざすのは、フカフカの芝生を地域に根づかせ、“緑と人の輪”を育てること。地域の校庭や園庭で青々とした芝生を育ててきた芝生大好きメンバーたちが、同区晴海にある「黎明橋公園」を拠点に、芝生育ての活動に力を注いでいます。今年、発足から8年目を迎えたイクシバ!。その主要メンバーである尾木和子さん、長尾美奈子さんにお話を伺いました。

すべては、幼稚園の「園庭」から始まった

イクシバ!結成までの経緯をたどっていくと、まずそこには芝生との出会いがあります。2010年、尾木さんと長尾さんのお子さんは地域の同じ幼稚園に入園。園庭を見ると、土の上にビニールを張った、昔のテニスコートのような造りで、雨が降るとビニールの上に水たまりができ、夏場は50℃を超えるほどの高温だったそうです。

「子どもたちは背丈が低いので心配しましたが、都心ですし、そんなものかなと思っていました。そんなある日、校庭の全面を芝生に張り替えたという杉並区の学校を訪れる機会がありました。青々とした芝生を見て、がく然としましたね。ここが天国なら、うちの子が通う幼稚園の園庭は、地獄だなって(笑)。この時、園庭の環境をなんとかして変えたいと思ったことが、芝生の道に入るきっかけでした」

それから、お子さんたちの通う幼稚園では「PTA芝生部」が作られ、尾木さんたちは、園庭に芝生を導入するべく、他の保護者の方と力を合わせて活動を続けました。その結果、在園中の3 年間で、園庭の半分を芝生に変えることに成功。芝生化された園庭にはトンボまで飛ぶようになり、園児たちは大満足の様子でしたが、尾木さんには、ひとつ気がかりなことがありました。

「当時は、待機児童が多い時期でもありました。雑居ビルの保育園や託児所に預けられ、暑い中、アスファルトの公園に連れて行かれる子どもたちの姿を毎日見ていました。その子たちも、幼稚園の園庭を使えればいいなと思い、打診してみたのですが、いろんな壁があって、うまくいかなくて。それ以来、子どもたちが、そういった環境に一様に触れられるためにできることはないかと、ずっと考えていました」

根底にあるのは「芝生を育て、広めたい」という想い

そんな尾木さんのもとに、黎明橋公園の話が持ちかけられたのは、お子さんたちが卒園し、ちょうど小学校に上がる頃のことでした。

「黎明橋公園は、元々、野球グラウンドだったところを公園化した公園です。当時の区役所の土木課の課長さんが、幼稚園での芝生活動を知ってくださっていたそうで、お声がけいただきました。公園なら、みんなが遊びに行くことができますよね。この公園が芝生化されて、根づかせることができれば、これほど嬉しいことはない。そう思って、お引き受けしました。そのタイミングで、長尾さんをはじめ、園庭や校庭の芝生の育成に関わってきた芝生大好きメンバーと一緒に、イクシバ!を立ち上げました」

尾木さんが言うように、イクシバ!は、「芝生育てが、好きだからやっている」という純粋な気持ちで、ボランティア活動を行う人たちの集まりです。その根底には「芝生を育て、広めたい」という共通の想いがあります。

「当初、黎明橋公園での私たちの役目は、近隣に住む町民の方たちに、芝生の手入れの仕方や育て方をお教えすることでした。町民の方たちが独り立ちしてくれたら、私たちは、また次の現場に行って、その地域の方にお教えする…ということをしていけば、まちには芝生の場所がどんどん増えていきますよね。でも、実際には、参加者が思うようには増えず、やめていく方もたくさんいて。そうこうしているうちに、私たちが担うことになり、いつの間にか、黎明橋公園がイクシバ!の活動拠点になったという感じです」

photo: Miki Chishaki

「好き!やりたい!」が、何より大切

芝生は、極めてデリケートな生き物です。健康に育てるためには、それに適した土壌があり、

芝生を張ったり、苗を植えたりすること以上に、管理が大変だといいます。雑草に比べて、芝生の方が弱いため、何も手入れしなければ、ほんの2〜3ヶ月で、種子を飛ばして繁殖する雑草や地下茎で増える雑草が、次々と生えてくるのだそうです。

「芝生を長生きさせたいと思うなら、いろいろと助言することもできたのですが、私たちが参加することになったのは、もう土も入っていて、芝生を張る段階でした。土壌の状態も、決してベストなものではなく、さまざまな問題が積み残った状態からのスタートでしたが、ひとつずつ向き合っていきました」

黎明橋公園では、張ったばかりの芝生の表面に大きな貝殻がたくさん出てきたため、それらを拾うところから着手し、さらに、その上にまく砂の種類を変えるなど、細かな作業が行われました。雨が降る中、水没したエリアを掘り起こし、自力で芝生を張り替えたこともあったそうです。

「全身かっぱを着ての大工事でしたね(笑)。根っこが腐って、ダメになったところを張り替えていきました。“あなたたち、そこまでやるんだね。それなら、私たちもやろうじゃないか”と言って、メンバーに加わってくださった町会の方もいます。無謀な行動だとは知りつつも、やって良かったなと思います。これはやらないと分からないと思いますが、雑草取りも、芝刈りも、芝生育ての作業って、すごく楽しいんですよ」

イクシバ!を立ち上げた時、「本当に好きな人だけが残ると、これは強いなと思っていた」と尾木さんは話します。

「自分の心と問い合わせた時に、芝生を育てることが好き、芝生育てをやりたいと思っている人が、1人増え、また1人増えるというように、少しずつ増えていくような、そんな仕組みをどうやって作っていくかということを考えていました。言い換えれば、“私、好きだからやっているんです”という自己満足にちょっと付き合ってくれる人を、どれだけちょっとずつ増やせるかという感じで活動してきました。だから、人が足りなければ、足りるところで腹をくくるんですね。芝生をよく観察していると、やるべきことは次々と出てきます。気持ち的には、無理せず、できるところまでやろうという感じでやってきましたが、だからといって、今までおざなりにやったことはなくて。逆に言うと、ボランティアだからこそ、やれるところまで、とことん追求してこられたということもあります」

芝生は「根っこ」が大事

芝生の育て方は、さまざまにありますが、お二人によると、丈夫な芝生を育てるための肝は、「根っこをいかに大事に育てるか」ということ。芝生について勉強を重ねる中、根っこを大事に育てると、丈夫な芝生が育つことをエキスパートの方から学んだそうです。黎明橋公園にも、尾木さんたちが大切に育てた5年ものの根っこが植えられていましたが、今年にかぎっては、予想外の展開がありました。新型コロナウイルス感染症対策として、緊急事態宣言が発令された4月ごろのことです。

「リモートワークすることになった方が多い中、マンションのジムも一時的に閉鎖、遊具も使用禁止。子どもも大人も、みんなが公園に遊びに来ていて、公園が、住民の憩いの場になっていました。通常、2月くらいに最初の芽を見つけて、3月には芽が出て、4月に緑になっていくという流れなのですが、今年は3月に芽吹いた芽が全部、死んでしまったんですね、踏まれすぎて。大事に育ててきた根っこだから、大丈夫だろうと思っていたのですが、想像以上の人出でした。芝生を囲って、人の出入りを禁止して守るわけにもいきません。今回起きたことは、芝生が地域の方たちの精神の平穏と健康を受け止めてくれた結果です。芝生は、なくなってしまったけれど、これでよかったと思うことにしました。その後、“芝生復活大作戦”と称し、大勢の参加者を募って、一から苗を植えるイベントを開催しました。今度は“芝生にお返ししよう!”という感じで、たくさんの地域の方が熱を込めて参加してくれ、みごとに復活することができました。いい経験になったと思います」

その一方、校庭の芝生を管理している尾木さんの仲間によると、「子どもが学校に来なくなったことで、今年はスタジアムのようにきれいな芝生が育った」のだそうです。人の踏む力がいかに強力で、芝生に影響を与えるものであるかということが、よく分かるお話ではないでしょうか。

photo: Miki Chishaki

「生き物としての芝生を大事に育てていきたい」

今年、8年目を迎えたイクシバ!。「人が育ってきてくれた今思うのは、ボランティア団体って、やっぱり“器”なんだなということ」と言います。

「運営側は、活動の理念と安全性さえ、しっかり確保していれば、あとは器を用意するだけでいいと思うんです。すると、みんなが自分なりの理由で集まってきてくれます。自己実現をしたい人もいれば、癒やしを求める人もいますが、それぞれが自分の大切な時間を器に入れることによって、それぞれの満足を体感してくれているようです。だから、満足してもらえるような器を作っておくことが、私たちの役目のひとつだと思います。もうひとつの役目は、雰囲気づくりですね。雑草取りも、芝刈りも、芝生の作業はとても一人でできることではありません。そこにいる誰もが必要な人ですし、逆に言えば、芝生の上は、みんなが求められていると感じられる場所です。これからも、その雰囲気を大切にしていきたいと思います」

今年6月からは、つくば市の竹園西広場公園で、芝生の育成活動を行うボランティア団体「つくばイクシバ!」の指導にもあたっています。今後の展望について尋ねると、こんな風に話してくれました。

「活動の幅を広げていきたいと思っていますが、なかなかうまく進まないところもあります。“芝生が枯れてしまうのが悲しいので、ちょっとお手伝いしましょうか?”という純粋な気持ちを理解してもらうことが、まず難しいですね。例えば、その地域に、芝生のことを知っていて、“このまま美しい状態を保ちたい”と思う人がいれば、協力者を集められるでしょうし、私たちも関与していくことができると思います。あるいは、みんな高齢化していくし、安否確認、防災を兼ねて、チームを作りませんか?という感じで、マンション単位の自治会で作った芝生クラブ。こんな風に、住民の方たちだけで完結するようなグループなら、入っていきやすいかもしれません。今後、もしかしたら、新しい現場との出会いがあるかもしれないし、団体がちょっと大きくなっているのかもしれない。参加してくれる人との化学反応もありますし、まだ、今はちょっと見えないですね」

幼稚園児の頃から、お二人の芝生活動を間近に見てきたお子さんたちも、今はもう中学3年生。黎明橋公園の芝生の上で、地域の子どもたちが楽しそうに遊んでいるのを見て、「ママ、今、嬉しくて泣きそうでしょ?」と心中を代弁するほど、その活動を理解し、応援してくれているのだそうです。

「芝生を植えた時、最初はどこであっても美しいですが、芝生は、劣化していく生き物ですし、きれいな状態を維持できるかどうかは、最初の3年間に、どれだけ手入れするかにかかっています。芝生を消耗品として扱っているなら、また張り替えればいい話ですが、やっぱり子どもたちには見せられないですよね。まだ生きている芝生を剥がして捨てるなんて。芝生育ては、お花に水をあげるのと同じこと。これからも、大事に育てていきたいですね」

いつ訪れても、美しい緑にあふれた公園。その青々とした芝生は、イクシバ!のような、縁の下の力持ちの地道な活動によって支えられているのです。「好き」という気持ちを起点に、緑と人の輪を育てるべく、活動を続けるイクシバ!の今後に期待が募ります。

尾木和子(おぎ かずこ)
育てる芝生〜イクシバ!プロジェクト代表
東日本大震災時の炊出し経験やPTA活動を通じて、ボランティアの関わりやボラ組織のあり方や考えるようになる。
同時に芝生環境に魅せられ10年。人生の豊かさを便利さの外に求め、今は芝生を生活に密着したものにし、かつ、それを住民で作り、地域に眠る目に見えない豊かさを掘り起こしたい。
芝生とバターとお茶を愛す二児の母。好きな俳優は山田孝之。好きな器は砥部焼。現在、ドイツ語を学習中。

長尾美奈子(ながお みなこ)
育てる芝生〜イクシバ!プロジェクト事務局長
サッカー好きの息子の母。「どんな子どもも、かわいい。愛を持って、子どもに向き合いたい」を信条とし、ライフワークとして発達障害児のデイケアに従事。もうひとつのライフワークとして、芝生の面白さに魅せられている。いつかこの二つを掛け合わせることが夢。最近、心を痛めているのは、都内で小中高生のサッカープレイヤーが活動する環境。やけどしかねない人工芝や砂に代わって、天然芝のグラウンドを徐々に増やすべく、考える日々。好きな作家は、村上春樹。好きな映画は、「日の名残」。

育てる芝生〜イクシバ!プロジェクト|https://ikushiba.com