「緑と暮らす」日本人の心を大切にした暮らし

―ランドスケープアーキテクトの森山大樹さんに聞く

このシリーズでは、専門家への取材を通して、緑と暮らしについて考えていきたいと思います。
私たちは、住宅をつくるときに、外構に植栽を施します。緑は、建物を引き立て、暮らしを豊かにすることを、経験してきました。
また、庭やベランダで草木や花を育てたり、観葉植物や花を生けて部屋に飾ったりと、人はなぜ暮らしに緑を取り入れるのでしょうか。
緑と人が共に暮らすことが、互いにどのような影響を与え合うかを知ることで、自分を取り巻く住環境だけでなく、人と人、人と街のあり方も見直すことができるのではないかと思い、改めて「緑と暮らし」について考えてみることにしました。

今回は、ハウステンボスのランドスケープも手掛けられた、ランドスケープアーキテクトの森山大樹さんに、お話を伺いしました。

 

日本人が緑に癒される理由

森山さんに、「人は何故、緑に癒されるのでしょうか」とお聞きすると、『文明の衝突』※という書物を紹介してくださいました。

※『文明の衝突』:アメリカ合衆国の政治学者サミュエル・P・ハンティントンが1996年に著した国際政治学の著作

『文明の衝突』では、現在の国際社会を8つの「文明圏」に区分しています。それは、西欧文明圏、ラテンアメリカ文明圏、イスラム文明圏、中国文明圏、ヒンドゥー文明圏、ギリシゃ―ロシア正教文明圏、アフリカ文明、そして日本文明圏の8つです。
書籍には、宗教や歴史、文化に基づいて古くから作られてきた文明によって世界は分かれていると書かれています。興味深いのは、極東の小さな島国の日本だけが、一国で独自の文明圏として分類されているということです。

このことを、森山さんは「私たち日本人は、日本の文明が他の分類とは別に存在しているのかということを説明できません。また、自らの文明・文化のことも正しく理解して上手に説明することもできません。それは、日本は海に隔たれ、日々の暮らしの中に溶け込んでいる文化や風土を意識することがなく、当たり前のように過ごしているからです」と言います。
小さな島国で育った私たちは、豊かな四季や多くの自然に触れてきました。もちろん海外でも季節を感じることはできますが、日本のそれは繊細で深く多様であり、触れる機会も多くあります。それらをかたち作った背景の一つに、日本を挟んで流れる黒潮と親潮などの海流による影響があると教えてくださいました。

「氷河期に、世界の多くの落葉樹は絶滅しましたが、日本は暖流に守られていて、落葉樹が多く残りました。例えば、紅葉。種類が多く、日本海側ではヤマモミジ、四国や九州を含めた太平洋側ではイロハモミジが育ちます。他にも限定的な地域に育つ紅葉も多くあります。日本に育つ植物の約4割は、日本の固有種と言われています。それだけ日本の地形とそれにより影響を受ける気象は複雑で、山を越えると育つ植物も多様で、それらを頂く食文化も地域によって違っているんです」。

「昔から、季節の移り変わりを身近に感じて暮らしてきた私たちですから、一輪挿しの花を見たり、苔むすお寺の庭を拝観したりすると、一瞬で日本人の感性が呼び起こされます。これは、かつて見てきただろう深いところにある記憶に、反応しているのではないかと思っているんですよ」。
日々の暮らしの中で、お刺身に季節の緑を添えたり、華道や茶道などわびさびを感じたりするのも、全て日本人のDNAに刻まれている文明だからこそなのかもしれません。

「緑という一つのテーマでも、一言では語れませんね。語ろうとすると、文明や文化の話になっていくんです。特に日本人は、太古の昔から豊かな森で暮らして木の実を食べて、木々を利用し生きてきたという長い時間の経験が積み重なり、体にしみ込んでいるので、緑に癒されるのは当然のことではないでしょうか」と、森山さんは熱心に話してくれました。

 

世界と日本の建築の違い

世界と比較したときに、日本人はモノを小さくすることが好きな気質があると言われます。

「昔誰かから『ドイツ人が発明して、イギリス人が投資して、フランス人がブランディングし、イタリア人にデザインを任せ、アメリカ人が大量生産し、日本人が小型高性能化する』というジョークを聞いたことがあります。精密機器や生活必需品など、何でも小型高性能化するのは、日本人のお家芸。俳句や盆栽はその極みですね。その能力が、自然と組み合わさって生まれてきたのが、華道・茶道・香道などです。特に茶道は、建築にも影響を与えてきました。そこには、新しいもの好きで、小さな空間の中にも美と機能性を取り込む日本人ならではの哲学があったんだと思います」。古来より日本の住宅には、このような日本人ならではの美や哲学が影響しているそうです。

また、欧米では、ランドスケープアーキテクトという地位が確立していると言います。現代の欧米の住宅地開発では余裕のあるグランドデザインが先にあって、緑と共に建物を建てるという考え方が主流です。しかし、日本では敷地・建物ありきで、余地に植栽という考えが少なからずあります。

「例えば、大学で建築を学ぶ際にも、日本では学部が自然科学に属していることが多いですが、海外では人文科学に属しています。音楽や文学と同じ系列なんです。日本は地震大国だったこともあって、建築全般を構造としてとらえて、教えているのが現状です。社会的寿命※と構造的寿命だと、社会的寿命の方が圧倒的に短いのが日本。海外には何百年も前の建物が残っているし、古いモノを活かすことに価値を生み、社会的寿命が長いのです。建築における考え方が、欧米とは大きく違います。そういう違いが、現在の日本の住宅に影響しているんですね」。

※一般的に建物の耐用年数(寿命)は、物理的耐用年数(構造的寿命)、経済的耐用年数、社会的耐用年数(社会的寿命)の3つに分けて考えられる。
物理的耐用年数(構造的寿命):建物構造の老朽化、劣化に伴うもの。
経済的耐用年数:居住者の高齢化や空室の増加によってマンションの管理費、修繕積立金が十分に集まらなくなれば、適切な維持管理や修繕ができなくなり、建物の寿命が縮まること。一戸建て住宅でも費用面の問題などにより補修や定期的な改修ができなくなれば同様。
社会的耐用年数(社会的寿命):まだ使える設備や間取りでも、所有者自身が「もうそろそろ買い替えたい」と思うこと。また、所有者の気持ちにかかわらず、社会構造の変化、法律や制度の改正、都市計画の施行などによって、建物の使用目的が達せられなくなったり、居住環境が変わったりして住めなくなること。

 

住宅の社会的寿命を延ばす

anju / PIXTA(ピクスタ) 海外の緑豊かなタウンハウスのイメージ

森山さんの言う社会的寿命の長い建物とは、豊かな緑がある環境、そこでのコミュニティの充実、建物に掛かる経済的な負担が少ない、そんな暮らしができることがポイントになっているのではないかと思います。

例えば、欧米での住宅に対する価値観は、古い様式やその美しさが価値になります。中古住宅の方が、そこに住む人同士のコミュニティや、住環境もよくわかると評価されるそうです。ところが、「現代の日本では昔の長屋のような低層の集合住宅であるタウンハウスが、流行りませんでした。長屋やタウンハウスは、開発面積に対して空地を広くとりやすく、環境設計的にも有利なのですが、住人同士の距離感が近く、それを好む人々の気質や古くから伝わる習慣、『建替えられない・ローンが組めない」等の間違えた思い込みから、広く受け入れられなかったのではないかと思っています」。

その上で、「昔の長屋のような低層の集合住宅であるタウンハウスに、マンションデベロッパーがあらためて取り組んでみると面白い建物ができるのではないか」と、森山さんは言います。

タウンハウスでは、1棟1棟別々の建物を建てるよりも、建築費の負担が少なくなります。また、土地を細かく分けないタウンハウスは、開発面積に対して宅地を広くとりやすく、広くとった宅地に対して建物もまとまった長屋形式にすれば、空地の面積も広くとれます。空地には、緑や植栽を植えることで、緑を通して入居者間のコミュニティの形成にも繋がるはずです。
年月を重ねることで緑は豊かになり、その景観や人との繋がりで育まれた建物は、古くなっても資産性(社会的寿命)があがるのではないかと森山さんは考えています。そして、欧米ではその価値観が主流となっているそうです。

他にも欧米との違いについて、「欧米では、社会科学が発達しているから、いかに生産性をよくするかを考えています。タウンハウスは合理的で、負荷が少なく、自然災害に強い。何より欧米で求められる防犯性が高い。そういうことから、2軒をくっつけて1軒にしたり、4軒まとめたりしているのが欧米。日本人はこれらをあまり好まないんですね。日本の戸建は、必ず隣と一定の距離があるものというのが根底にありますよね」。

住宅の緑に関して森山さんは、日本のマンションでは、緑化に適さない場所に無理に植栽したり、植栽を単なる遮蔽に使われたりと、緑をファッション・ダメ潰しとして捉えているところがあるように感じるそうです。

「庭を含むランドスケープデザインは本来、竣工時が最も貧弱であって、経年することで価値が高まっていく。建材とはベクトルが逆なんです。販売時に一番きれいな緑を求めるのではなく、日の当たらないところの庭にも、熱や空気の流れをコントロールして『夏は涼しく、冬は暖かい』快適な住環境をつくるパッシブ構造を取り入れて、何とか光を入れられないか、借景で生きた庭にできないか、などと考えています。そうしておかないと、その庭は魅力を失い管理されず、更に悪くなってしまいます。住宅の構造的寿命より、社会的寿命が短くならないようにしたいんですよ」。

 

人と環境にやさしく、持続性のある暮らし

日本での数少ないタウンハウスと豊な緑のある事例として、福岡県糸島市の「荻浦ガーデンサバーブ」を、森山さんから紹介されました。

人と自然とつながりを感じる、公園のような住宅地の「荻浦ガーデンサバーブ」出典:株式会社 大建

福岡県の糸島には、豊かな森と、森が育む透明度の高い海があります。荻浦ガーデンサバーブでは、『人と環境にやさしく、持続性のある暮らし』をコンセプトにし、福岡市への通勤圏にありながら、自然の豊かさを享受できる暮らしができます。
コミュニティのある暮らしとして、人とのつながりを大切にし、居住者同士がすぐ目に届く距離にいることで、人的なセキュリティが作動して侵入者が入りにくい安全な空間が、確保されています。子どもも安心して遊ばせることができる環境で、居住者同士の交流も深まる効果があります。長く住み続けることで育つ居住者のつながりと絆は、唯一無二の住宅の価値となっています。
ランドスケープデザインとしては、公園の中にあるかのような街並み、四季折々に彩りをそえる雑木林や草花、ビオトープなど自然な環境を再現しています。木々と水際に暮らせる環境は自然とコミュニティの形成にも役立ちます。

この住宅では、九州大学と共同開発した敷地地下に雨水を貯水する「雨水利用システム」や、地盤面と一体となった地下室付住宅を造り整備できる新たな工法が取り入れています。
この工法は、地盤面と一体となった地下工作物を整備でき、日本ではあまり例がありません。地下室付住宅は耐震性があり、地震や液状化などの災害にも強いそうです。荻浦ガーデンサバーブの地下室については、各棟の地下底盤が連結しているため、通常の地下室よりもさらに強度な地下基盤として住宅の耐震性を確保しているそうです。この工法で生まれた地下室は、入居者の要望にあわせて、利用用途が広がります。子供部屋やシアタールーム、書斎などに利用したり、人に貸したり事務所や店舗や教室として使うこともできます。

「こんな風に、不動産に固執した考えを解き放ち、同じ様な暮らしを求めている賛同者を集めれば、日本でも面白いタウンハウスができるはず。こういうコンセプトのある企画を実現すれば、もう一段質の違う緑豊かな暮らしが提供出来ると思うんですよね。そういうデベロッパーが増えるといいですね」と、森山さんは期待しています。

 

未来のヒントは若い世代にある

森山さんはZ世代といわれる若い人の住宅観についても、こう言います。

「若い人の間では、家を所有することを考えていない人もいます。ところが家を買う際に、超長期ローンでの住宅購入を勧めている現状もある。これからの需要層でもある若い人は、将来も同じ土地で同じ仕事を続けているかどうかもわからないのに、何千万もする高い家が本当に欲しいのでしょうか。今までと同じスキームで住宅を販売していることに違和感があります」。

「スペインやイタリアなど、収入が高くなくても豊かな暮らしをしている国がある中で、日本は、競争に生きて、精一杯のローンを背負って暮らしている。お金が溜まったころには高齢で自由に動けなくなっていることもあります。以前同僚のアメリカ人に、『日本人は、いつ幸せになるの』と言われて、その通りだなと思いましたよ」。

Z世代と言われる今の若い人たちは、シェアすることに抵抗がなくなってきています。そんな若い世代の人たちが求める暮らしの価値観にこそ、今後のキーワードがあるように思います。そのことを紐解けば、経済的視点での新しい暮らしや、建物に付加価値を持たせることが出来るはずです。

「世界には多様な開発手法・建設工法があり、既にできている新しい暮らしがあります。その視点で日本の建築も取り組むべきで、どんどん実験プロジェクトをしていきたいですね。日本のデベロッパーがあまりやりたがらない、デベロッパーと住民、住民同士がより濃密に関わる必要が出てくる暮らしや、そういう暮らしができる新しい住まいを提供していきたいと思います。何かに取り組むなら、ファッションではなく、もっと本質に近く、社会的寿命が延びることをやりたい。そのヒントは若い世代に確実にあると思うんです」と、森山さんは言います。

 

取材を終えて

森山さんのお話を聞いて、私たち日本人は、文明から作られてきた志向がDNAとして深く刻み込まれていることで、緑とのかかわり方だけでなく、暮らし全般にその影響を受けていることが、再認識できました。

日本の建物は、法律や慣習、日本人の新しい方がいいという志向が重なって、欧米に比べると古い建物に付加価値がつきにくいのが現状ですが、昨今のリフォームやDIY、シェアなどの影響も受け、また環境問題やSDGsの観点からも、今後はさらに住まい方に変化が現われてくるようにも感じます。こういった新しい価値をいち早く感じ取っているのは、若い世代だという、森山さんのお話にはとても共感しました。
また、緑との新たな関わりのある暮らしの提案には、「ファッションとしての自然や緑ではなく、自然や緑から何を感じ取って暮らしを豊かにしていくべきか。自然は人の暮らしと住宅にとっても切り離せない。」という森山さんの言葉からも、私たちが「緑と暮らし」について考えていることは、間違っていないとわかりました。

フージャースでは、人が緑と暮らすことについては、美しさや癒しを得るだけではなく、緑を介した人と人、人と街の関係についても考えを深めていきたいと思います。その中で若い世代の価値観にも触れていきたいと思います。

 

プロフィール

森山 大樹(もりやまたいじゅ)
有限会社ノマドクラフト 代表/ランドスケープアーキテクト
環境経営士・自然再生士・一級土木施工管理技士・一級造園施工管理技士
都市・住宅地・リゾートのランドスケープデザインを中心に地域創生事業にも参画
グッドデザイン賞建築・環境部門、東京都港区みどりの街づくり賞など受賞歴も多数
長崎オランダ村ハウステンボス/海老名駅間地区開発計画/武蔵小杉リエトコートツインタワー/国際戦略拠点川崎キングスカイフロント/淡路市地域創生戦略 夢舞台サスティナブルパーク/デュオアベニューつくば吾妻 他