無言の接客を目指して もなど喫茶店

【表町商店街コロナインタビュー vol.5】もなど喫茶店 石井寛子さん

表町商店街の時計台から天満屋に向かう途中、せのお洋品ビルの2階に1軒の純喫茶があります。店内に入ると、少し明かりを落とした照明に、ひと席ひと席の適度な距離感と、ふっと肩の力が抜けていくのがわかります。落ち着いた雰囲気はもちろん、カレーやプリンなどのメニューもおいしいと、近所の人から人気です。
最近の喫茶店というと、珈琲が出来上がるタイミングでスタッフの人が名前を呼んでくれたり、珈琲のアレンジの幅が広いお店などが増えています。しかし、もなど喫茶店はその流れとは少し異なり、店主の石井さんが直接、それぞれのお客さんに合わせた接客をしています。今回は、喫茶店でありながら「あこがれは、無言の接客」という、店主の石井さんにお話をうかがいました。

27歳で「純喫茶」を開く

店主の石井さんは、岡山県倉敷市出身。30歳までに喫茶店を開きたいと、大学卒業後は、神戸にある珈琲の会社の飲食部門で働き、喫茶店開店に向けて準備を進めてきました。そして27歳の時に、故郷岡山で友人の真鍋さんと純喫茶を開店させます。
元々和洋折衷の雰囲気が好きだったということと、日々ストレスにさらされる中で、自分が一息つける場所が街の中にほしいという気持ちから、純喫茶というスタイルを選んだと石井さんは言います。
「ほの暗くて、自分と向き合える時間が得られて、一人でも入れる場所がほしいなと思った時に、自分がやるのであれば純喫茶にしようと思いました。お店づくりには、京都や東京の喫茶店を巡って。原宿のアンセーニュダングルや、神保町のさぼうる、ラドリオ(LADORIO)、ミロンガ・ヌオーバといったお店を参考にさせていただきました」。
元から喫茶店好きだった石井さんは、これまでの経験とこの喫茶店視察から、お客さんとの積極的なコミュニケーションよりも、ほほ笑んで会釈をするぐらいの距離感。いつも変わらない味の珈琲とカレーが出てきて、BGMもあえて小さな音量という、現在のもなど喫茶店のスタイルを決めていきました。
出店場所は、元々は駅前や天満屋の周りで探していたそうですが、広さと家賃の兼ね合いから、偶然、表町商店街と出会います。テナントの2階ということもあり、なかなか目につきづらい場所ではあるものの、インスタグラムや口コミでその評判は広まり、今では老若男女問わず、様々な人が自分の時間を求めて訪れるようになりました。

お客さんを見ることが接客

石井さんには、「接客をしすぎない。ちょっとしたタイミングにこだわる」というポリシーがあります。それは配膳や話しかけ方に表れています。例えばお冷をつぎにいくタイミングひとつとっても、お冷を入れに行くことでその人が没頭している空間を遮らないかどうか気にしているそうです。
「お冷をつぐタイミングは、気づいてはいながらも実際には手が回らなくて、いいタイミングで行けないことも多いんです…。タイミングの話を突き詰めると、お客さんにはお店で自由に過ごしてほしいので、本当は接客もなるべくしたくないし、いらっしゃいませも言いたくない。目は会わすけれど、話さない。無言の接客というか」。
だからこそ、お客さんの過ごし方は、しっかりと見るようにしていると言います。言葉ではなく、お客さんの良いタイミングで、欲しいものを提供できるように気を配っているのです。
「元気なときは良いですが、日々の暮らしのなかで、すごく疲れて、ごはんは作りたくない、自分の部屋にもまっすぐ帰りたくない時ってありませんか?そういう時に立ち寄ってもらえるように、相手のしんどい気持ちも、元気な気持ちも汲み取りたいと思っています。最近は、お客さんを見すぎて、頼むメニューがオーダー前に分かるようになってきてしまって」と石井さんは笑顔で言います。
夕方手前にやってきて、さくっとカレーを食べて帰る常連のサラリーマンを見て、心では疲れていないか気にしているけれど、そんな素振りは見せず、その人の空間を遮らないようにたんたんと接客しているというエピソードも、石井さんらしい一コマです。

「もなど」とはすべての原点、素粒子のこと

もなど喫茶店の「もなど」という言葉は、モナドロジーという哲学用語からきています。店名を考えている時に、音で3文字か5文字になるもので、自分のお店でしかヒットしない名前で探していた時に、偶然この言葉に出会ったそうです。
「初めて見る言葉で、意味を調べても、最初はよくわからなかったんです。調べていくうちに、宮沢賢治さんが作中で何度も使っていた言葉だったということを知りました。作品や関連書籍を読んでいくなかで、すべての原点、最小の粒子(素粒子)、きらきらとした微粒子という意味であることを知りました。すべての物質は、もなどで出来ていて、最後はもなどに還るといった風に使うそうです」。
偶然に選んだという「もなど」という言葉ですが、石井さんが大切にしている一人になる時間や、それを尊重する無言の接客は、この言葉につながっているような気もします。

新型コロナウイルスの影響を受けて

常連さんの中には新型コロナウイルスの拡大のなかでも、最新の注意を払って、短い時間でもと来てくれる人もいたそうですが、少し客足が遠のいた感覚はあったそうです。緊急事態宣言の解除後に来てくださったお客さんを見ると、改めていつも見られる顔が見られなくなる寂しさと、自分がさらにお客さんを大事に思うようになった気持ちに気づいたと石井さんは言います。最近になり、ようやく新型コロナウイルスの前の様子を取り戻しつつあるそうです。

喫茶店に行くのに、特別な目的はいりません。少し時間が空いたから、たまには何も考えずにいたいからと、大事な逃げ場として使うことも多いのではないでしょうか。考えてみると目的なく行ける場所や、何もしたくないから行きたくなる場所は、実はそう無いのかもしれません。もなど喫茶店は、そんな気持ちを受け止めるかのように、じっと私たちを見て、ほしい瞬間にほしいものを出してくれることが、どれだけ最高の接客であることを教えてくれた取材でした。みなさんも、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

石井寛子(いしいひろこ)
1989年生まれ倉敷市出身
県立青陵高校卒業、岡山大学農学部卒業
大学時代、カフェでのアルバイトを経験し、これを仕事にしたいと思い、カフェ開業を決意
大学卒業後、成田珈琲株式会社の飲食事業部へ入社。神戸〜大阪の直営店舗で働きながら珈琲について学ぶ。その後地元倉敷へ帰り、株式会社清光園芸へ入社。1人よりも2人でやりたいと思うようになり、大学の同級生を誘い開業の準備を始める。27歳の時に、同級生ともなど喫茶店を開業。
趣味は植物を愛でること。

もなど喫茶店HP|https://monadokissa.business.site/
Facebook|https://www.facebook.com/もなど珈琲店-1917795288459369/
Twitter|https://twitter.com/monado_saten