「持続可能な社会」は、どう実現できるのか

―「これまでの社会」から「これからの社会」へ
谷崎テトラさん

出典:MON BIJOUX HP

ここ20年で国内外300以上の国や地域を訪れ、環境・経済・コミュニティ・平和などのテーマを中心に、取材を続けてきた放送作家の谷崎テトラさん。膨大な知見をもとに企画・構成したテレビ、ラジオ、WEB番組、書籍、イベントを通じて、新しい価値観や持続可能な社会への転換を発信し続けるキュレーターとして活躍しています。自分の仕事を「絶えず変化する世界の情報を集め、伝える仕事」と言います。これからの社会のあり方とは?その多彩な活動を辿りながら、谷崎さんにお話を伺いました。

「ワールドシフト」に込められた意味

2001年、日本最大の環境イベント「アースデイ東京」の立ち上げは、彼の存在を世に示した活動でした。それ以降様々な環境活動に携わってきました。2012年には、リオデジャネイロで開催された地球サミット「RIO+20」での市民プラットフォーム「地球サミット2012 Japan」、2013年には、国連が定めた国際平和デーを日本で広めるための「ピースデージャパン」の立ち上げなど、時代を先取りする活動に常に関わってきました。
そうした活動の中でもユニークなのは「ワールドシフト=WorldShift」という活動です。ワールドシフトは、2009年9月、世界賢人会議「ブタペストクラブ」のアーヴィン・ラズロ博士らの緊急提言によって始まった、世界的なムーブメントです。その提言の内容は、世界的な金融・経済危機と環境問題に対応するために、「持続可能な社会への変換」を呼びかけるものでした。「今のままでは、人類の社会は持続不可能である。人と自然の調和がとれた文明の転換が必要だ」という強いメッセージが込められています。
経済、社会、あるいは、お金や幸せの価値観。今、私たちを取り巻く世界のあらゆる領域で、さまざまな変化が同時に起きています。「世界は変わりつつあり、変わろうとしている。人々は、日々のさまざまな活動を通じて、その変化をさまざまに実感している。ワールドシフトとは、今、世界が変化していくことをひと言で表した言葉であり、新たな方向へシフトすることも意味する言葉」と谷崎さんは話します。

社会の変換は、たったひとつの“問いかけ”から始まる

「ワールドシフト宣言ロゴ」に、ひとりひとりが、どんな世界を望むかを書き込み、自ら「世界を変える」ことを宣言することで、社会変革が「じぶんごと」になっていく。
出典:World Shift HP

ワールドシフトは、「あなたはどのような世界を望みますか?」という問いかけのソーシャルムーブメントとして、世界中で親しまれています。NPOや企業内でのワークショップ、社会科の授業などでも活用されている「ワールドシフト宣言ロゴ」という独自のシートがあります。このシートには、2つの大きな空欄があり、上の空欄から下の空欄に向かって矢印が示されています。
上の空欄には、自分が変えたいと思う既存の世界や仕組み、生き方などを書き込みます。それは、仕事や学校の中で個人が抱えている課題かもしれませんし、社会や会社が向き合うべき課題かもしれません。人それぞれ主語も違えば、内容もさまざまです。そして、下の空欄には、これから実現したい世界や仕組み、生き方などを書き込みます。

例えば、「奪い合うこと、偽ること」→「分け合うこと、思いやること」、「SAY(言う)」→「ACT(行動する)」など、どれも短い言葉で書かれたものばかりです。大事なのは、“これまでの世界”から“これからの世界”へのシフトを実現する方法を考えること。それぞれの人が、どんな世界を望むかを書き込み、自ら「世界を変える」ことを宣言することによって、やがて、社会変革は「自分ごと」になっていきます。

谷崎さんは、このムーブメントを日本に広めていくために、2010年に一般社団法人ワールドシフト・ネットワーク・ジャパンを立ち上げ、代表理事を務めています。個人レベルの意識と行動の変化を促すことによって、それぞれの人が、自分のスキルや持ち味を活かして、新たな方向へシフトすること。そして、持続可能な未来の世界に向けて、社会のシフトを促していくことを目指して活動を続けています。

地球は今、未曾有の危機にさらされている

今年、国連が発表したデータによると、世界の人口は2019年の77億人から、2030年の85億人、2050年には97億人、2100年には109億人へと増えることが予測されています。その一方、都市化が進み、出生率が急激に低下する中で、「世界の人口は、2040年初めに約81億人でピークを迎え、その後は減少の傾向に向かっていく」とも推測されています。

この推測は、1972年に出版した「成長の限界 ローマクラブ『人類の危機』レポート」で、世界の人々に重大な警告を与えた環境学者のヨルゲン・ランダースによるものです。人口増加や経済成長を抑制しなければ、地球と人類は、環境汚染や食料不足などによって100年以内に破滅する――ランダースの警告から50年近く経った今、世界中の人が日本人と同じ生活をするとした場合、地球が2.9個必要な状況です。アメリカ人と同じ生活をするなら、地球が5個、世界の平均を取っても、1.6個必要だと言われています。人々が、いかに自然資源を過剰に消費しているかが伺える事実です。

「ヨルゲン・ランダースは、今の社会の仕組みのままでは、81億人に達した地点で、地球が人類を養えなくなると推測しています。国連のデータにもあるように、人口は増加していきますが、食料や資源の量を考慮しなければ、2040年から2050年の間に、今の文明がブレイクダウンしていくと言われています。いずれにしても、危機的な状況であることは間違いない」と谷崎さんは話します。

私たちが緊急に取り組むべきこと

2015年9月に国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」は、日本を含む国連加盟193カ国が、2016年から2030年までの15年間で達成するために掲げた目標です。日本におけるSDGsの認知度は、約15%と低い状況ですが、先進国はもちろん、ベトナムなどの新興国でも、社会的なコンセンサスになっていて、イノベーションへの投資もSDGsに関連する領域に集まっています。

持続可能な開発のための17のグローバル目標と169のターゲット(達成基準)から成るSDGs。「これらを達成できるかどうかで、私たちの未来の社会は大きく変わってくる。今のままの文明が続くというシナリオはなく、ブレイクスルーの道か、ブレイクダウンの道を行くかの二者択一を迫られている状況にある。SDGsは、緊急事態にある地球のために、私たちが、喫緊に取り組まなくてはならない領域と考えられる」と谷崎さん。

もし、SDGsを達成できたとしたら、どんな世界が実現するのでしょうか。谷崎さんはその糸口を掴むために、国内外の学者たちの見解を聞いてまわりました。そこで分かったのは、「地球には、100億人が生きていくたけの資源がある」ということでした。食料も水も、エネルギーもあるけれど、奪い合うから足りなくなっているのが今の状況なのです。
「これから10、20年の取り組み方次第で、人類の文明が、その先何千年と続くものになるかどうかが決まってくるだろう」と谷崎さんは話します。

未来のコミュニティのヒントは、「エコビレッジ」にある

世界最大級のエコビレッジ、インドのオーロヴィル。
出典:Flypedia HP

「東京環境会議・ネオコラ」(フジテレビ)、「アースラジオ」(インターFM)、「デイリープラネット」(TOKYO FM)など、谷崎さんは、これまで数多くの環境番組を手がけてきました。そのきっかけとなったのは、「旅」です。1995年、ペルーの先住民と出会いに始まり、1996年には、南米アマゾンのインカ帝国の末裔の先住民ケロ族のイニシエーションを受けました。甚大な環境破壊が引き起こされているアフリカ、気候変動によって沈みゆく島「ツバル」、インド・ムンバイの貧困地区など、さまざまな現場に足を運び、地球が想像した以上に、危機的な状況にさらされていることを知っていきました。

1998年からは、世界の「エコビレッジ」を取材してまわるようになります。エコビレッジとは、持続可能な社会を実現するために生まれた環境共生型コミュニティのことです。
世界にはエコビレッジと呼ばれる共同体が10000ぐらいあると言われています。(出典: The Global Ecovillage Network)その規模も10人単位ぐらいからインドのオーロヴィルのような1000人規模のものまであります。また既存の都市と融合をした都市もあります。エコビレッジに住まう人たちは、自然環境への負担が少ない環境づくりを支え合いながら、自分らしく生きることを目指しています。

既存の社会や経済システムを離れ、小さなコミュニティとして自立を成功させた事例を数多く見てきた谷崎さん。「未来の社会に必要な仕組みのすべてが、エコビレッジにあった」と言います。第一に、食料とエネルギーが自給できたら、コミュニティは破綻せずに成立することができるということ。そして、そのコミュニティや地域の中で循環する「経済システム=小さな経済圏」があればそのコミュニティは成立、持続するということを理解したそうです。特にどのエコビレッジでもそのコミュニティ内で使える地域通貨があることは重要な仕組みだといいます。経済の問題だけでなく、さらに、コミュニティ全体で、ものごとを決めていく「意思決定の仕組み」があることも重要だと感じたそうです。

「Next Commons Lab」という新しい社会構造への挑戦

「持続可能な社会をつくるために、グローバルな取り組みはさまざまにあるが(SDGsのような)、それだけではもう間に合わない。コミュニティ単位で持続可能な社会を実現するための取り組みも同時に進めていく必要がある」と谷崎さんは言います。

Next Commons Lab」は、そんな取り組みの一例です。谷崎さんが顧問を務めるこの団体は、「本当の資本とは、貨幣ではなく、人間の創造力である」とし、地域の人々や資源と、さまざまな分野で活躍するクリエイターや起業家、最先端の技術や知見を持つ企業をつなぎ、新しい働き方や暮らし方を実践するためのプラットフォームです。

ここでは、ポスト資本主義社会を具現化することを議論し、共通の価値観を持つ人々が集まり、小さな拡張家族として全体がひとつの共同体となることによって、それぞれの知見や情報、人材を共有し、自由に行き来することができるような「新しい社会構造=オペレーティング・システム」を、新たにつくり出すことを目指しています。

合意形成によってつくられる新たな経済圏

Next Commons Labの拠点は、現在、岩手県遠野市や福島県南相馬市を含む全国9ヶ所にあります。それぞれの地域では、地域おこし協力隊の制度を活用して、新しい社会インフラをつくるための社会実験が進められています。

注目すべきは、ブロックチェーンを使って「コモンズコイン」と呼ばれる地域通貨をつくり、既存の貨幣システムだけに頼らない「小さな経済圏」を循環させ始めていることです。その経済の仕組みやルールは、地域の人々全員の合意形成によって決められています。まさに、テクノロジーの力を駆使した“エコビレッジの進化版”ともいえる取り組みです。

コモンズコインを使って取引する時、日本円と同じように税金が徴収される仕組みになっていますが、その税金は、瞬時にコモンズ内の人に再分配されていきます。言い換えれば、記録が改ざんできないように、コモンズの人々の合意のもと、あらかじめ決められた仕組みだということです。これは、今までとは明らかに違う経済圏だといえます。

今、存続の危機に直面している地球を「沈みゆく巨大な船」とするなら、その中で船員同士がいがみあっているのが、国際社会の現状です。この状況において、「自分たちが乗れる『救命ボート』をつくる必要がある」と谷崎さんは言います。

その救命ボートとは、Next Commons Labのような新しい社会を意味しています。しかし、世界に今生きている77億人のすべてが、救命ボートに乗れるかというと、現実的には難しいところがあります。一部の意識の高い人たちが、危機感を感じて、新たな社会をつくろうとする一方、そうしたことに意識を持たない人々も多くいるからです。そこへの啓発活動が先に話したワールドシフトの活動とも言えます。

啓発活動を行いながら、持続可能な社会へシフトするためには、一部のコミュニティだけでなく、社会全体にこうした取り組みを普及させていく必要があります。「今、希望を持っているのは、AIやIoTなどのテクノロジー。うまく活用すれば、実現できそうな気がしている」と。

みなさんはどのように思いますか。ご意見お寄せください。

谷崎テトラ (たにざき てとら)
京都造形芸術大学創造学習センター教授/放送作家/音楽プロデューサー/一般社団法人ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン代表理事
1964年、静岡生まれ。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ、WEB番組、出版、イベントの企画・構成を通じて、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の発信者&キュレーターとして活動中。世界のエコビレッジやコミュニテイラーニングに関して深い知見を持つ。国連 地球サミット(RIO+20)など国際会議のNGO参加・社会提言、環境省「つなげよう森里川海」映像制作など、社会提言のメディア発信、企業・市民セクターとの連携などを数多くてがける。主な番組企画・構成はテレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」、フジテレビ「東京環境会議・ネオコラ」、インターFM「アースラジオ」、TOKYO FM「デイリープラネット」など多数。エコ系メディア「ソトコト」「オルタナ」「アースジャーナル」「Greenz」など執筆多数。

有限会社谷崎テトラオフィス | http://www.kanatamusic.com/tetra/

これまでの自身の知見をまとめたテトラゼミも東京・大阪・名古屋・栃木・徳島・鳥取などで連続開催中。大学講師として愛知県立芸術大学、京都造形大などでも特別講義を行っているほか、社会課題をテーマにした映画を上映解説するソーシャルシネマダイアログを富山県南砺市など各地で開催している。音楽制作としては世界の聖地をめぐり収録した自然音や、環境音を使ったコンピュータ音楽を制作。地球を感じる作品をつくり続けている。