緑があることでコミュニティが育ち、より緑を楽しめる

―「環境デザイナー・ガーデンデザイナー」の正木覚さんに聞く

私たちは、住宅をつくるときに、外構に植栽を施します。それは、アプローチを美しく彩り、部屋から見える中庭は安らぎを感じさせてくれます。身近にある植物からは、季節の移ろいも感じることもできます。このように緑は、建物を引き立て、暮らしを豊かにすることを、私たちは知らず知らずのうちに学んでいます。
また、庭やベランダで草木や花を育てたり、観葉植物や花を生けて部屋に飾ったりと、人はなぜ暮らしに緑を取り入れるのでしょうか。
緑と人が共に暮らすことが、互いにどのように影響を与え合うかを知ることで、自分を取り巻く住環境だけでなく、人と人、人と街のあり方も見直すことができるのではないかと思い、改めて「緑と暮らし」について研究することにしました。

今回は、「地形や気候風土に素直な、美しい庭づくり」を大切にして活動されている環境デザイナーでありガーデンデザイナーの正木覚さんに、お話を伺いしました。

正木さんがお住まいの欅ハウス

正木さんは、東京都世田谷区にある「欅ハウス」※1という環境共生型住宅※2のコーポラティブハウス※3にお住まいです。また、この住宅のガーデンデザインを担当されています。
環境共生型住宅では、南側に日射遮蔽を行なったり、北側にはクールスポットを設けたりと、景観だけでなく自然の力で室内を快適にする機能を植栽に持たせています。植物が人の手を借りながら本来の姿で成長できるよう、意図的に植栽を行っているので、庭は大きく健やかに育っています。


※1 欅ハウス:東京都世田谷区 設計:HAN環境・建築設計事務所 ガーデンデザイン:正木覚
※2 一般社団法人 環境共生住宅推進協議会によると、「地球環境を保全する観点から、温暖化防止、資源・エネルギーの有効活用、生物多様性の保全などの面で充分な配慮がなされ、また周辺の自然環境と親密に美しく調和し、住み手が主体的にかかわりながら、健康で快適に生活できるよう工夫された、環境と共生するライフスタイルを実践できる住宅、およびその地域環境」のことを言います。
※3 協同組合方式によって建築する住宅のこと。複数の人が建設組合を設立し、協同して敷地の取得や建物の企画・設計、建築工事の発注等を行い、希望の住宅を建設・取得する方式。


人の中に刷り込まれた植物の記憶

正木さんに、人はなぜ草木や花に癒されるのかと伺ったところ、そこには3つの価値観があるとのことです。それは、「コミュニティ・利用」、「景観・美しさ」、「微気候デザイン・省エネ」だと正木さんは言います。

欅ハウスの中庭

1つ目のコミュニティは、例えば大きな1本の木が敷地内にあることで、その木の周りで遊ぶ子どもたちがいたり、木の管理についても会話が生まれたりします。植物を維持することは面倒なことで、当然お金もかかりますが、それを住民で話し合っていくことで、コミュニティが成長していきます。そして植物が健康に育つことによって、2つ目の景観も良くなり、その空間の価値も上がっていきます。

3つ目の微気候とは、日光や風によって作られる住まいとその周辺に限られた気候のことです。健康な植物に生い茂る葉で熱気や寒風をやわらげ、夏には日陰で涼しい風をつくり、冬には陽だまりをつくるなど、周囲にわずかな気候の変化が起こり、植物は自然の空調機能として働いてくれます。緑があることで、部屋の中を快適な温度に保ち、心地よい環境を作り出すことができます。「私が住んでいる欅ハウスでは、築20年を迎え木々が生い茂り、エアコンだけに頼らない快適な環境ができています。こういった微気候が街全体に広がっていくことが、心地よい環境を作ることにつながっていくんですよ」。

そして改めて、何故、人は緑が好きで癒されるのか伺うと、生命現象の1つだからという答えが返ってきました。
「植物がないと私たち動物は生きていけません。肉を食べるにも、そのエサになっているのは植物です。昔から人は食物連鎖の中で生きているのです。花を見て喜ぶのは、そこに実がなり、食べ物ができると、DNAに刷り込まれているからではないでしょうか。また田園風景を好むのは、昔どこででも見ることができた農業が盛んだったころの風景が、人の深い記憶の中に刷り込まれていて、その風景を見ると、どこか懐かしく感じるからだと思うんです」と、正木さんは教えてくださいました。

 

人と植物が良い関係を続けていくために大切なコト

植物や木々の成長のためには、土が大事です。
「植物は土の中をめぐる水脈・気脈を介して栄養をもらい、健康を保っています。植物が健康で穏やかに成長するためには、まず土中を整えること、そして地表の植物は手入れし過ぎないことがポイントです」と正木さんは言います。
例えば、道路脇の雑草でも、土の中には根が張り、バクテリア(微生物)がいて有機物を分解しています。土の中の根が大事で、団子状になった大小の土の塊がバランス良く混ざり合い、適度な隙間がたくさんつくられている土の団粒構造化が、土を豊かにし水が浸透しやすくなり、植物が健康に育つそうです。
路上に落ち葉などがゴミとして溜まるのは、分解する力がないからで、微生物による分解が進めば、路上は汚くならないしゴミにもならないのです。雑草を抜いたり、落ち葉をきれいに片付けたりし過ぎると、見た目はきれいになりますが、土は死んでしまうそうです。

「土壌や土中の改善は重要です。建物を建てて木を植えた後に、周囲をコンクリートで固めるのではなく、周りの土地も自然な状態に戻していく必要が本来はあります。例えば井戸を掘ると、水が循環し、水だけでなく空気も流れます。空気中の微生物も流れ、水と一緒に土の中に浸透し、土壌が豊かになっていきます。ところが、建築が水の流れを堰き止める一端を担ってしまっている。自然の摂理に反して、自然の回復力を止めてしまったことが、大きな災害につながっているのではないでしょうか。少しずつでも自然に戻していくことが大事だと思います」。

風の杜

ただ、全てが土のままでは、歩きにくいので、人が歩く所だけ飛び石をおき、周囲は土のままにしたり、駐車場は、ぬかるまないように炭と砂利を混ぜて水はけをよくし、そこに根っこが入っていくことで強度を保持したりという工夫が必要です。植物を愛して理解している人には、こういう建築提案が受け入れられているそうです。

植栽として木を植える際に、景観を考えて植えることも大事ですが、土中の根の状態が貧相になってしまうと、健康な木が育ちません。
「木の周りをアスファルトやコンクリートで固めるのではなく、竹や炭などを混ぜて固めると、微生物が落ち葉を分解して、土中に流れができます。ところが大規模なマンションなどで、このようなことを行うのは難しいですね。アパートやコーポラティブハウスの場合は、土中改善も行って建築しています。微力ですが、少しずつでも自然に近い環境に戻していきたいですね」。

 

集合住宅と緑とのかかわり方

正木さんは、コロナ禍でご自宅のベランダにハンモックを置き、冬は枯れ葉を集めて火鉢で焼き芋を焼き、広い庭がなくても幸福な時間を楽しんでいます。
「集合住宅においては、共用部をどのように使うか、ルールを決めることが大事です。組合の中でコミュニティを積極的に作っていくことで、トラブルも回避できるようになっていきます。欅ハウスでも最初からうまくいったのではなく、欅が好きで集まった人たちと、組合を作り話し合い、コミュニティが生まれ、組合が自立したことで、今の暮らしができているんです」。最初からできたことではないと教えてくれましたが、正木さんの表情はどこか笑顔です。

緑を楽しむ暮らしをするためには、植物を見て楽しむだけではなく、一緒に育て、問題や意見の食い違いが出ても、面倒なコトを共有する必要があります。その一つひとつを丁寧に言葉と態度で示しながら、住人同士の関係性を築いていけば、今以上に緑を通して暮らしや人との関係性を楽しむことができるようになると感じました。

このような理想が成功した例として、住宅メーカーの造った10棟の戸建て住宅を紹介してくださいました。

その住宅地には、3本の大きなシンボルツリーと多数の木々が植えられています。当初3年間は住宅メーカーが植栽を管理していました。
「大きな木があることで、風の通りができ、微気候に影響していることを理解した住人は、個人の敷地に植えられているシンボルツリーを、住人みんなで守り育てるように、管理組合を作り、組合が主体で木の管理をするようになりました。また、街区全体が一つの杜の空間になっていることを理解している住人は、隣の家との境界に植えられている植物が枯れて、お互いの家の中が見えてしまうような問題が起きても、双方の家で費用の負担をして再生するという結論を出しました」。まさに、シンボルツリーを通して、コミュニティが生まれ、暮らしと緑の関係が豊かになった例です。

 

取材を終えて

正木さんは、「緑があることで、コミュニティも育ちます。コミュニティがあることで、緑をより楽しむことができるようになります。今は、植物をできるだけ自然の環境に近い状態で育てるナチュラススティックガーデンが話題になっていますが、植物を育てることは知識がいることなので、最初はコミュニティマネージャーを兼ねたガーデナーに教わり、徐々に活動自体が住民の協力の元で運営できるようになるのが理想です」と、ガーデナーの必要性についても言います。

また、マンションであっても、緑と暮らす上で『人が植物を好きな理由はDNAに刷り込まれている、微気候や植物には人や暮らしにもたらす良い効果がある、緑を通して人との交流を深めていきませんか』などといったストーリーを、入居前から伝えることが重要だと教えていただきました。ストーリーを丁寧に伝えることで、それに共感できる人々が集まるってくるのだそうです。

今回の取材を通して、植物を一緒に育てることで、より緑を楽しみ、住民同士のコミュニティを深めることができることが分かりました。また、住環境も過ごしやすいものになることが分かりました。緑を育てると一言で言っても、そこには専門的な知識が必要ですし、問題や意見の食い違いもあります。決して簡単なことではありませんが、その一つひとつを丁寧に言葉と態度で示しながら、住人同士の関係性を築いていけば、今以上に緑や、緑を通しての暮らしや人との関係性を楽しむことができるようになると感じています。

私たちフージャースのマンションでも、共用スペースで住民が植物を育てていく仕組みがあり、そこにガーデナーが植物の育て方や扱い方をレクチャーしてくれて、見るだけでなく積極的に植物を育てることに参加できるようになっていれば、緑が成長するのと同じように、少しずつコミュニティが育まれていくことでしょう。植物が成長するには長い時間がかかりますが、植物が本来の姿で成長できるよう、住民の方と一緒に出来ることを1つずつ取り組める仕組みづくりにチャレンジしてみたいと思いました。
マンションでは、植栽の枯葉や虫の問題になることがあります。けれど、それも自然の成長においては、落ち葉が土にかえって養分となる大切な流れです。お住まいの方達が、その一つひとつの営みに気づき、愛でることができれば、住まいやそれを取り巻く環境への愛着も生まれてくるでしょう。まだまだ考えることはたくさんですが、「植物と暮らし」をテーマに、引き続き研究を続けていきたいと思います。

 

正木 覚
エービーデザイン株式会社 代表取締役/環境デザイナー・ガーデンデザイナー HP

1952年 福岡県生まれ
1975年 武蔵野美術大学造形学部 基礎デザイン学科卒業
1991年 エービーデザイン株式会社設立 代表取締役就任
2000〜2009年 武蔵野美術大学 建築学科 非常勤講師
2002年 一般社団法人JAG(ジャパンガーデンデザイナーズ協会)初代会長就任
2017年 一般社団法人JAG(ジャパンガーデンデザイナーズ協会)名誉会長
2011〜2020年 日本工業大学 建築学科非常勤講師