雲海に抱かれて育つ 七草農園の野菜たち

【表町商店街コロナインタビュー vol.6】七草農園 石橋千賀良さん

以前このインタビューでも取材をした表町商店街にあるCafé&bar naradewaでは、その日に行かなければ、もう出会えない珍しい野菜たちがたくさん使われています。この夏は、ホオズキの一種でトマトに似たさわやかな酸味のある「トマティロ」や、薫り高い「レモンバジル」など、日常ではお目にかかれない野菜たちが日替わりでメニューに登場しました。
そんな貴重な野菜たちを、農薬・化学肥料を一切使わないこだわりで作っているのが、高梁市有漢町にある七草農園です。今回は、高梁という「穏やかな気候」と「晴れの国」という恵まれた気候と、山間の雲海のなかで、たった一人野菜をつくる七草農園の石橋千賀良さんにお話をうかがいました。

自給自足への目覚め

石橋さんは東京生まれ、東京育ちの29歳。中学生のときに「仕事も家も失ったら、どうやって生きていけばいいのだろう」と疑問に思い、「自給自足」という暮らし方に興味をもつようになりました。そして自給自足の生活でも、少しでも快適に暮らすためには電気が必要だと思い、大学ではバイオマスを専攻しました。しかし、学びを深めていくうちに、既に多くの人が商業目的でやっているバイオマスに自身が取り組むことに疑問をもち、大学3年生の冬に自給自足の根本である農業へと方向転換。卒業後は、独自の哲学をもって千葉県で有機肥料栽培をしている「おかげさま農業」の高柳さんに弟子入りをします。
高柳さんは、農薬・化学肥料を一切使わず、「食は命」という考え方のもと、たくさん作ってたくさん売る利益追求ではなく、農場にも人にも無理をさせない、持続的な農業を続けてきました。石橋さんが目指す自給自足も、その哲学に通ずるものがあると思い高柳さんのところへの弟子入りを決めたそうです。
「100万円と米1石(1年間で人がたべるお米の量)だったら、私にはお米の方が大切です。100万円では生きていけないけれど、お米があれば生きていける。高柳さんからは、食が命に通じていることや、さらに言えば、その食を支える農業は命の大切さと等しいということを教えてもらいました。利益を追求して生産に時間を費やすよりも、持続的に自分たちの暮らしを支える分だけ作るという考え方は、今の七草農園での農業にも通じています」と石橋さんは言います。
高柳さんの勧めもあり、農業の基礎を学ぶために、大学卒業後は千葉の農業研修所で研修をし、その後、高柳さんのところで、さらに農業の勉強を積んでいきました。

千葉から岡山へ

2年間の研修を経て、2016年1月に千葉県成田市にて石橋さんは七草農園を立ち上げます。「まずは自分でやってみること」という高柳さんの教えから、土地を借り、自分で農園を始めました。研修所で基礎は学んでいたものの、農業は分からないことだらけで、毎晩高柳さんの元に通っては、農業の知識を一つひとつ身に着けていったそうです。その努力もあり、石橋さんの野菜は、赤坂や銀座の飲食店から声がかかるまでになっていきます。
しかし、ここで石橋さんに転機が訪れます。それは、両親の岡山県への移住でした。
「ある時、移住セミナーに参加した両親から、岡山に移住すると言われました。急だったので本当に驚きましたね。農業は軌道にのっていましたが、千葉と岡山という距離や、家族そろって生活する幸せ考えると、自分も一緒に行くという結論になりました」と当時を振り返ります。
こうして石橋さんは、2018年2月に高梁市有漢町に両親とともに移住します。

「生産性」から「創造性」の野菜づくりへ

ゼロからの再スタートとなった石橋さんでしたが、山間部に位置する有漢町の寒暖差のある気候は、たくましく美味しい野菜作りに欠かせない最高の条件がそろった土地でした。この立地条件のおかげで、年間を通して少量多品目栽培で、希少な野菜をコンスタントに提供できるようになります。また、成田市では2町歩(約1.98ヘクタール)の畑を耕作していましたが、有漢町では4反(約0.39ヘクタール)までその面積をあえて減らし、生産拡大を追求するのではなく、その時の一番いい状態の野菜を、最適な量でつくるスタイルに変更したことも大きな変化だったそうです。現在はUFOズッキーニや、大根の実、黒大根といった、見て楽しい、食べておいしい珍しい品種を、年間120種類ほど4反の畑で作っています。

石橋さんの野菜は、地元の道の駅や農協には卸しておらず、さらにはこれまで営業活動をしたことがないというから驚きです。
「少量多品目栽培なので、特定の野菜を大量にほしいというオーダーに答えることはできません。こちらがその時に一番おいしいと思ってセレクトした野菜を、そのまま生かしてくださる方でないとお譲りできないんです。お客様のほとんどは、七草農園の話をどこかで聞いて、実際に畑を見て、このやり方に納得してくださった方だけですね」。
また石橋さんには、飲食店への野菜の提供について強い思い入れがあります。
「今は近所だと、高梁市内にあるカレーの吉田屋さんに野菜を提供しています。自分が作った野菜が、どこのレストランの、何の料理だと美味しくなるか、日々コーディネートを考えています。それに合わせて、野菜の種類や大きさを決めていて。野菜を作って卸したら終わりという生産性を高めることより、1つひとつの野菜を、どう使ってもらえるかを考える。野菜作りにおいて、生産性よりも創造性を軸に野菜をつくりたいと思っています」と石橋さんは言います。

石橋さんの創造性の元に育った野菜たちは、料理人の腕を借りて、さらに魅力的な食事へと昇華していきます。そして、石橋さんの野菜をつかったメニューで注目を浴びた飲食店が人を呼び、その隣のお店や、ひいては街を盛り上げていくという動きにもつながっているというので驚きです。野菜を起点にした縁は、街づくりにまで発展を続けているのです。

新型コロナウイルスの影響を受けて

順調に取引先を広げていた石橋さんですが、この新型コロナウイルスの影響で取引先は15軒ほどあったものが10軒にまで減ってしまったそうです。
「有漢町に来て1年は新しい畑での野菜のふるまいを見る期間だったので、本格的に販売をスタートしたのは2019年12月でした。年が明けて取引先も増えていった矢先に、新型コロナウイルスが発生したので、厳しいスタートだなとは思っています。けれど、時間が出来た分新しい取り組みを始めることができました。最近では農園で獲れた野菜をその場で食べられるBBQ小屋を作りました。高齢化が進み、なかなか若い人がいないエリアですが、珈琲を入れるのが得意な若者が、ここの運営を手伝ってくれています」と笑顔で話します。
石橋さんはこの他にも、農業を取り巻く環境を楽しくしたいと、耕作放棄地に目を付け、2019年10月に株式会社年貢という会社を立ち上げています。耕作放棄地は水が潤えば、元に戻るスピードも速いそうで、その先人が残してくれた宝を活用しようと立ち上げた会社です。現在は、耕作放棄地の草刈りを中心に行っていますが、今後は全国の耕作放棄地の活用法をシェアするプラットフォームを展開していく予定だそうです。
大量生産が主流となっている今、「その土地を一番活かすにはどうすればいいか?」を追求し、量ではなく、1個の野菜の価値を考え抜く姿勢は、農業が非常なクリエイティブなものであるということを教えてくれた取材でした。見て、食べて楽しめる七草農園の野菜たちはオンラインでも購入が可能とのこと。一度、食べてみてはいかがでしょうか。

石橋千賀良(いしばし ちから)
1991年3月29日生まれ東京都出身。
「美味しいものをお腹いっぱい食べられる!」という安心感が、日々感じる幸せの根源だと思い、日々田畑に向かっています。
食の安全はもちろん、それ以上に「楽しんでいただく」ことが ” 美味しく ” お召し上がりいただけるヒミツであると信じ、様々な野菜の楽しみ方を提案する「プロ農家」として、皆様の食卓とつながることが出来たらと思っております。
ちなみに、中学生当時の夢は「カウボーイ」か「F1レーサー」

七草農園HP| https://i-maniwa.com/area/nanakusa/
七草農園Facebook|https://www.facebook.com/793nouen/