暮らしの舞台装置としてのキッチン

Growing house
設計 西田司+海野太一+一色ヒロタカ
撮影 鳥村鋼一

最近はオープンキッチンが人気です。しかも大きめのサイズです。料理の数や頻度は、スーパーや惣菜店などの広がりで益々減っているのが実情です。それにも関わらず多くの方が「キッチンはもっと大きい方がいい」というのには、キッチンが料理をするという機能以外の意味を、もっているからにほかなりません。家の中でも暮らしを象徴するものとして、わかりやすい「言葉」なのです。ではそれはどんなことを意味しているのでしょうか。今回はそのことを少し考えてみようと思います。

プロダクトとしてのキッチンの誕生

少し歴史的なことに触れて見ましょう。1960年代に生まれた団地のシステムキッチンの原型をみてください。広さは1m80cmです。(ちなみに現在のマンションの多くのサイズは2m30cmまたは2m40cmです。)この1m80cmのキッチンは、ステンレスのトップとシンクが、初めてプレス成型でできたもので、画期的な技術でした。プロダクトとしてのキッチンの始まりです。間取りも御覧ください。キッチンはダイニングと一緒でまだ冷蔵庫もなかった時代ですので、冷蔵庫置き場がありません。そういう時代にこのダイニングキッチンは、先端の暮らしとして当時の若者の憧れでした。今でこそ小さなキッチンですが、その当時の家からすると立派なキッチンに見えたのです。

キッチン空間の変遷

1970年代後半になると、クローズドキッチンが現れます。システムキッチンと呼ばれる食器棚や収納スペースも、シンク下の扉の面材にあわせて仕上げられました。経済的にも豊かになった日本で、主婦の城とも言えるキッチンがどんどん立派になります。ダイニングやリビングの設えも整って来ると、料理をしている姿や手元をいつも綺麗に保つには、ダイニングキッチンは少し不都合になってきました。キッチンを独立させて、料理に集中するスペースになったのです。しかし狭い家でも同じように独立させたために、アパートやマンションの小さなキッチンは、かなり息苦しい部屋となってしまったようです。そしてそこに閉じ込められた女性の反撃もはじまります。そこで登場するのがセミクローズドのキッチンです。ダイニングに面したところを一部開放して、料理を配膳したり家族と会話もできるキッチンです。この開口部はどんどん大きくなっていきます。また1970年代後半には、レンジフードの性能もあがり、キッチンを家の真ん中に置き、排気をダクトで外に出すことも可能になります。強力な排気能力は、キッチンから出る煙や匂いを一気に軽減しました。音も格段に静かになりました。1980年代中盤になると、キッチンの前がカウンターになったものが登場します。家族の団欒の風景として、こうしたカウンターキッチンが見られるようになります。その後90年代になると、カウンターキッチンが壁と一部だけが接したペニンシュラ(半島型)キッチン(現在のマンションの主流です)も生まれます。ここで再びキッチンはダイニングの中に登場して来るのです。60年代のキッチンに比べれば、家具のように設えられ、キッチンのトップには花崗岩などの本物の石も使ったものや、全てステンレンスでできている料理人が使うようなデザインも登場します。そして今はオープンキッチン(下の写真のように壁から完全に独立して置かれるキッチン)があこがれになりつつあるのです。

©LIXIL Corporation

コミュニケーションの場としてのキッチン

最近は多くの人がキッチンは、家族のとくに母親と子供とのコミュケーションの場だと言います。また人を呼んだ時も一緒に料理をしたり、キッチンを囲んで話をしたりしたいと言います。しかし、実際に人を呼んでパーティーをどのくらいするのか、また小さな子供の目の前で火を使うのは、少し躊躇するのも現実です。そしてキッチンの上が、いつも綺麗に整っていないといけないのも負担とも言えるかもしれません。 しかしそうした機能的な問題がありながらも、家族のコミュニケーションの場として重要になってきているのです。

キッチンは社会の「家族」の意識の表れ

このようにキッチン空間の変遷を見て見ると、キッチンは機能とは別にそれぞれの時代の暮らし方や、家族の関係を表しています。キッチンのオープン化は、主婦が家に閉じこもって家事に専念することの違和感の払拭でもありました。家事が主婦の仕事ではなく、家族で分担するものへと変化していきます。また料理の外部化によって、家のキッチンでの作業が簡単になったこともオープン化が進む理由となったのでしょう。しかしいつの時代もそうした機能や外部要因以上に、どのような家族の関係性や憧れの暮らし蔵を視覚的に表現するかが重要だったとも言えます。

演劇化する暮らしとその舞台装置としてのキッチン

2010年を越すとスマートフォンが出現し、常に誰かと繋がっているという環境がうまれます。face bookなどの出現で家の中の秘め事が、外部へと露出していくようになります。子供と一緒にお菓子をつくる私、友達を呼んでパーティーをしている私、家族のためにこんな料理をつくっている私、というように料理の写真がSNSの中に登場して来るのです。その時、オープンキッチンは私を演出するわかりやすい舞台装置になるのです。

いかがでしょうか。何気なくキッチンの配置やデザインを考えることが多いかもしれませんが、たった50年の間にこんなにも多く変化したものは、珍しいかもしれません。この先にどんなキッチンが誕生するのでしょうか。その時代にも、間違いなくその時代の暮らし像が反映されるに違いありません。

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